胡蝶のオラクル

日本昔ばなしタロット、ヘリオセントリック占星術、チャネリング。普段は家で寝てます。

ビーガンの食生活に移行中

ビーガンになると決意した。

昨年の10月から11月くらいに

ビーガンに、いいふうにも悪いふうにも感じられるような感覚で関心を自覚して、

 

ビーガンになりたいわけじゃなかったし

どちらかと言うと肉を食べないとか、卵食べないっていうのは伝統や産業や人間の営みや祝福を拒否しているように感じられて、それってどうなのかと遠巻きに見ていたんだけど、

自分に関係ないなら、なんとも感じないはずなのに、そうでもなく気持ちが向くってことは

自分の中に何かあるのかなあって思った。

 

ビーガンになるためではなく

自分が大切にしたいものがなんなのか明らかにしたいという探究心で

ビーガンの人に会って気持ちを聞いてもらったり、夫や友人にビーガンについて話をしたりした。

受け入れてもらえたら驚かれたり色々な反応があって、

少しづつ気持ちの変化が起きて

「どうやらこのまま行くとビーガンになりそうだぞ」という予感を感じるようになった。

 

そのときに

寂しさというか

ビーガンになったら手離すことになる

肉食とか、卵食とかチーズとかミルクとか

それを使ったメニューや、レストランとか

出先で気まぐれにお洒落なお店入ることとか

皮とか、シルクとか、真珠とか

その他、細かく言えば色々あるものについてくる

思い出がとても大切に感じられて

どうしても手放す気にはならないという確信みたいなのが出てきた。

 

ところが

それを抜けると

思い出の感じ方が変わってきて

それまでは

「食べなくなる」=「食べ物を今までくれた人の否定」みたいな気持ちだったりして

すごく抵抗あったのが、

今では

食べるものは私が選んでも良い

私は与えられたものを受け取るだけでなく、自分が欲しいものを手に入れられるって気持ちに変わってきて

自分が欲しいものを選んで何が悪いのか?という自然な感性が生まれてきた。

 

なによりも

「自分は変わっても良い」

「前のままでいなくても良い」という感覚に慣れた。

魂から生まれ変わっても、私はいなくなったり終わったり消えたりしないという安心感が持てるようになってきた。

今まで牛乳を飲んでいたからって、これからもずっと牛乳を飲まなければならないなんてことはない。それは裏切りでもなんでもない。当然の権利だと考えるようになった。

私が牛乳を飲まなかったくらいのことで、日本の牛乳消費量はそんなに変わらない。問題ない。私は日本の牛乳消費量にそこまで責任を持たなくても良い。

 

私は

肉が美味しいと思って食べていたんだけど

一方で

身体は30代で消化機能も落ちてるし

あまり脂っこいものを食べてもなあ、という条件で生きていた。

それでもビーガンにはなりたくなかった。

将来子どもができたら、なるべく普通の食生活をさせてやりたいなって思っていたからだった。

だけど、そんなのは今は思わなくなった。

食事は家庭によって違うのが当たり前だし、

普通の食事を目指して疲弊するのと、無添加無農薬にこだわって疲弊するのもお肉を食べないことにこだわりって疲弊することも変わらないし、むしろどうせ意識するなら良くしようとしたほうがいいに決まってるし、子どもによその家と似たような食事を与えたいだなんてなんの理由にもならないなというか、無意味だと考えた。地方によってよく食べるものとか郷土料理とか変わるのに、食べ物に普通とか、変だよなって。

 

食事は楽しいもののはずなのに疲弊するなら本末転倒って思ってた。

そう思ってる私には、ビーガンとか、オーガニックにこだわってて神経質になり、子どもを栄養失調にさせてしまった親の情報などが集まるようになっていた。一方で、肉食している自分自身の身体に栄養失調の症状があるということは、それが自分の身体であるだけに、浴びせられる情報以上の説得力があった。

私はすでに体調を崩していて、今までの食生活を続けていては身体の負担が増えることは明確だった。どうせもう失敗しているんだから、失敗を怖がらずに色々試そうと思った。

肉、魚、卵、乳製品をやめたところで、そんなすぐ簡単には死なないし、

怖ければ、体重が5キロ落ちたらやめるみたいに底ラインを決めればいいし、もうどっちにしろ働けてないんだから、今よりも具合が悪くなったら、また栄養のあるものを食べるのに戻ればいいんだ。まずはやってみよう、と。

 

それで、

できることからやろうと思って

食生活で肉のかわりに大豆を使ったり

牛乳の代わりに豆乳を使ったり

チーズのかわりにモチアワをトロトロに炊いたやつを使ったりしていたら

以外と家で食べるものに困らなかった。

それに、料理するのが少し楽しくなった。

最初からこうしてればよかったくらい自炊は楽になった。だって鶏肉と卵みたいに、食中毒に気を使わないといけないものに触れる機会が少ないから。

それと、味付けを濃くして菜種油を多めに使って料理するようにしたら、肉食いたい欲求みたいなのも、スルーできる程度に落ち着いてきた。それでも、夫はビーガンじゃないからお肉料理作るんだけど、目の前にあるとまだ私もお肉料理食べちゃう。

 

そして、夫が理解してくれて

バカにしたり、反対したり、心配したりしないからすごく助かっているけれど、

親世代は反対するかなと思っていたら

そちらも以外とすんなり受け入れてくれたので

とてもびっくりした。

 

今までは

ビーガンの人にとても失礼極まりない偏見を持っていた。

肉の美味しさがわからないのかな、

卵が一定の価格を保って流通していることのありがたさを知らないのかな、

本真珠と人工真珠の違いわかんないのかなとか。

動物が屠殺されていること今さら知ったのかな。今までなんだと思ってたのかな。

こうやって書くのも、

恥ずかしいことだけれど、

実際に自分でビーガンの食生活を試す前は、自分が体験してないことやっている人の気持ちを、自分に理解できる狭い範囲の常識の枠の中で憶測していたから。

このような、偏見がもろに露呈するようなことを

幸い言葉にして口には出さなかったけれど、

頭の中では感じていた。

今、書いたのは、これらが間違いだとわかって

今までごめんなさいということです。

 

 

ビーガンになることへの興味は

私にとって

願望…というよりは

むしろ、

すでにそれをしている人たちへの嫌悪感や不信感として現れた。

これは、私自身の偏見だったり

親から譲り受けた偏見だったり、文化背景からくる偏見だったりしたんだけど

そういうものをとっぱらってみると

むしろ

ビーガンの生活は、望んでも無理と思って諦めていた願望だったんだなと理解できるようになった。

だから

清々しさがある。

 

ビーガンになるような人がどのような人なのかもよくわかっていなかったが

会ってみると、皆さん普通で

動物愛護精神が行き過ぎているとか

心配性で神経質とかのような

私が偏見で思いこんでいたことはそんなになかった。

むしろ、ビーガンになりたいのを押さえつけているときに、人は自分の気持ちと行動の整合性の取れなさに苛立って神経質になったり愛情が空回りするのかなと思った。

だから、「昔、神経質だった」「動物の屠殺の映像を見てとてもショック受けた」というビーガンの人はいたけれど、現在進行形でめんどくさそうな人は私が会った人の中にはいなかった。

実を言うと、他の人の知り合いらしい人の中に変な人がいるのはSNS上で見かけた。ビーガンのお母さんがお子さんに好物だからと食べさせていると話した商品に対して、ビーガンならそれは買うなといちゃもんつけていた。その人はビーガンの人からもお付き合い断られていたから、動物性食品を食べていても、食べていなくても、面倒くさい人は面倒くさいし、まともな人はまともだということで、人格と食生活はあまり関係がないと私は考えるようになった。

 

だけど、お肉とか卵食べるとき

少しは可哀想だなと思いながら食べていたし

そういうのが1日3回分なくなるのは

結構清々しいよ。

川や海で魚とか蟹を獲ってきたときとか

そんなに長くは飼えないから食べるけど

本当はできるなら飼いたいなって思ってたし。子どもの頃とか特に。

ヒヨコも飼ってたしね。

 

お花とか、植物まで食べなくなったら

何を食べようかと悩んでしまうけど

もしかしたら

遠い将来は

植物ももっと大切にできるかもしれない。

完璧じゃないにしても

仕方ないところはごめんねありがとうと思いながら、動物だけでも食べないで生きていけたら、なんとなく生き物として自信がつく気がする。

子どもの頃の私が今の私に会いに来たときに、「あなたが好き嫌いしないで出されたご飯を食べてくれたおかげで、私はお肉や卵を食べなくても元気でいられる大人になれたよ」と言えたら喜んでもらえる気もするしね。

もしかしたら、お医者さんになれたとか、結婚してお母さんになったとかよりも、そっちの方が喜ぶかもね。

 

前の記事で、食事について書いたところに

コメントをいただいて、

優しいから命を奪うのがためらわれて傷ついているのかもしれませんよと教えてもらった。

その頃は全然その自覚がなく

そんなはずないと思いこんでいたから、

コメントのお返事も別のことを書いてしまいました。

だけど、今になって見れば

いただいたコメントのとおりだったんだなと思います。

 

今すぐに真珠やシルクを手放すのはしないけど

新しく買うものは動物性素材を控えて

3月から外出や行事食も含めた毎日の食べ物でビーガンスタイルを実践しようと思います。