胡蝶のオラクル

日本昔ばなしタロット、ヘリオセントリック占星術、チャネリング。普段は家で寝てます。

私にとってのスピリチュアル

瞑想と、

体感からメッセージを受け取るワークを

もう長らくやってなくて

 

それだけじゃなくて

それ以外もいろいろ

面倒くさくなってやってないんだけど

 

なんていうか

とにかく全部面倒くさくなったというか。

 

それらの重要さ加減の比率が

減ってきたということではないかと

思う。

 

 

 

 

瞑想とワークを

自分の中では分けていて

瞑想は、瞑想。

メッセージを受け取るのは

そういうもの

って思ってたんだけど

 

メッセージ受け取る方が

瞑想よりも面白いから

チャネリングしたいときだけ

その前に

ほんのちょっと瞑想するみたいに

適当にしていて

露骨にチャネリングの内容も

それにつられて

適当になってきたから

チャネリング自体も

もういいやというか

YouTubeとかAmazonプライムの方が

面白いから

そういうのを見始めた。

 

 

 

 

 

ところが

チャネリングとか

タロットとかするよりも

生活の他の方が充実しているかというと、

全然そんなことなくて

 

ブログこそ闘病ブログから

スピリチュアルブログに変えたけど

未だにバリバリ病気だし

生活能力は低いしで

何にも起きていないというか

 

 

目を瞑った瞼の裏側だけで

大革命が起きてるのはいいけど

対外的にあんまし意味ないというか

収入は(今のところ困ってないけど)

上がってないし。

 

というか

稼ぎたいと思わなくなりました。

それも含めて

めんどくさいんですよ。

 

 

 

それでも

意味ないものも含めて

ブログには書いとこうと思ってたから

やってたんだけど

最近は

つくづく意味ないと思えてきたんですね。

 

 

 

 

一応、

ブログをスピリチュアルにしてからの

生活の進展状況を端的でなく示すと

 

幸福感は格段に上がったというか。

発達障害のフラッシュバックとか

睡眠障害のフラッシュバックとか

劇的に減りました。

スピリチュアルにハマったせいかどうかは

分からないですけど

自分の内面を受け止める努力は

実ったように思います。

 

自律神経は

整ってんだか整ってないんだか

よくわかんないですけど

よくわかんないなりに

気にしなくなりました。

前みたいに

「うわぁ〜、暑いのに汗をかけない〜」

みたいな

何に困ってんだかよくわかんない動揺は

しなくなりました。

 

 

睡眠時間は

減ってないです。

治す必要を感じなくなりました。

将来的にこのままでどうなのかって

問題はありますが。

治療中です。

実は、前回の通院日を忘れてて

すっぽかしてしまい

まだ

新しい予約を入れてないです。

 

 

親は、

毒親だと散々悪口を言ってきましたが

多分、認知症でしょう。

それを認めると

介護をしないといけない現実を

突きつけられて

自分が辛いので

受け止めきれなかったのかなと思います。

今の現実は、

親の面倒は妹に任せてます。

神さま、お許しください。

 

 

 

 

未だに

家事ができないんですよね。

できてないというか

してないと言うべきか。

これも

今でこそ

世間に向かって公開している事実ですが

なかなか受け入れがたく

正直、気まずいです。

しかし

現実は現実なので。

 

 

 

 

 

 

こんな感じで

スピリチュアルに

自覚的にハマるように

1年ほど努力した結果

内面を豊かにすることに

多大なる貢献をしてくれたものの

臨時収入とか、

次の仕事につながったとか、

生活が前よりも豊かになったとか、

起き上がれる時間が増えたとか、

現実面は何も変わらなかったと

私の中で結論が出ました。

 

 

 

ただ、

生活が豊かに感じられるようになった

ということは

確実に言えます。

 

これは

スピリチュアルに対して

結構うまく付き合えたということでは

ないでしょうか。

 

 

 

親と、夫のそれぞれからの態度は

好意的になりました。

私が前と同じように

親に怯えたり

夫に癇癪を起こしたら

以前と同じように

あんまし良くないことになるのは

これからも変わらないでしょう。

 

だから、

スピリチュアルによって

他人が変わったというより

自分の、家族への態度が

改善されたと思って

その点は自信を持ちたいなと思います。

もちろん

親と夫にも

感謝しています。

 

そして

人に良くない態度をとるときは

自分が嫌いなときなんだなと

自分で実感しました。

 

 

 

 

 

音楽バンドと

SHOWROOMの配信ですが

これは

スピリチュアルなしには

絶対に挑戦しなかった、

今のところ最高の趣味だと思います。

 

これらの趣味は

占星術とタロットで

絞り込みました。

 

かつてブログでやっていた、

過去の自分の分析だけでは

やろうと思わなかったと思うんです。

スピリチュアル様様です。

 

でも

全然やる気が起きません。

でも、まあ。

そんなもんでしょう。

それでもやるでしょう。

 

茶道も、続けるでしょう。

 

 

 

 

 

 

私にとって

スピリチュアルとは

なんだったのか。

 

 

 

セラピーというか、

 

私にとって

辛かったことを

受け入れやすくするために

作り出した

人生の設定みたいなものではないか、と。

 

つまり

自分で自分に

カウンセリングをしたというか

ナラティブセラピーみたいなのを

脳内でやるために…

愚痴っても仕方ないが

臨床心理士

話をあまり聞いてくれなかったので

自力でやることに

私の脳は決めたのだろう…

 

 

カウンセリングの相手となる

ブタ君や

閻魔さま

高次元の存在たちや

天使や観音様や神さまや

前世背景を創り出し

それと親和性の強い文化を

取り入れながら

 

セラピーの効果を得ることに

成功しつつあるのが

今の状態と言えるのではないか。

 

 

 

 

 

 

前世も、天使も、神さまの声も

 

こういった脳内の妄想は…

なんていうか

痛いとも思えるし

恥ずかしい気もするけれど

 

人間が生きていくために必要な

心の生理現象というか

ウンチ、おしっこ

汗、鼻くそ、芸術などと同じで

表出の仕方が違うだけで

誰しもにあるものとも言える。

 

 

 

また

このような心の生理現象が

生きている人にあることと

見えない世界や見えない存在がいることは

同時に成り立ちうるので

 

私の中で起きたことが

妄想だということは

霊や、神がいないということを示さない。

 

 

 

 

 

とりあえず

自分としては

とにかく

病気を治したい一心で

チベット体操をしているうちに

霊感が開いてしまって

占いと

スピリチュアルに切り替えたのだけど

 

その霊感も、

(まあ霊感に違いはないんだろうけど)

一時的にしか

役に立たなかったというか、

その時期だけ

神秘性を信じて

日々を楽しむのに利用できただけで

2年を通して振り返ると

いわゆる確信的な直感は

全然当たってないというか

 

当たったのもたくさんあるんだけど、

そんなに言うほどは当たってないというか

驚異的には当たってない。

 

前に

四柱推命の吉日と凶日と

なんでもない日の

1年分の日記に

印をつけて

発展した出来事が起きた比率を

比べたことがあったと思うんだけど

あれに比べると

私の霊感と直感は

全然当たってない。

 

手相で

直感力があると知ったのに

その前提に疑念がもたれる。

 

 

観音様も見えただけで

何かしてくれたわけではないし。

 

ということは、

自力でスピリチュアルを勉強するよりも

四柱推命鑑定頼んだ方が

時間対効果がいい。

 

 

 

 

 

でも

きっと、

一度はそういうのを信じないと

身動きが取れない

心の弱さ…ではなくて

心の弱りがあった。

(↑弱さより、弱りがしっくりくる。)

 

 

 

その

弱りに対して

ちょっと真剣にテコ入れが必要で、

神様がいる気がするくらいじゃ

励ましとして足りなくて、

神様がいると確信する必要があったから

 

それに必要なスピリチュアル的な現実が

創り出されたのでは

ないだろうか。

 

 

大きな勢いが必要だった。

 

 

 

最近は

何かに気がつくとき

これ気づくのに

スピリチュアル

いらないんじゃないか、

普通に考えてそうじゃないかってことが

増えてきて…

 

例えば

自分のこと責める必要はないとか

暖房つけて何が悪いんだとか

朝、超眠いとか

美味しいもの食べた方がいいとか

 

そこに

意味を見出さずに

解決する方が

早いんじゃないかということが

ポツポツ出だして

遂に

スピリチュアルが邪魔という

境地に達した。

 

 

ここまでくるのに

必要だった

脳内の物語が、

今後の選択肢を狭めるならば

信じるのをやめた方が

有益なんじゃないか、とか。

 

音楽活動には

それすごく思う。

音楽活動を始めるのに

前世みたいな物語が必要だったとして、

すでにバンド組んだんなら

その物語を信じること自体が

もう必要ないし、

前世の私よりも

バンドメンバーの方が

現実的に大切だ。

 

 

 

占星術やタロットに

他の人の需要があるのもわかって

他人を占うってことを

しようとしているところ

想像していた以上に当たらないというか

むしろ外れるというか

まあ、冷静にやればそんなに外れないけど

でも冷静にやらないと外れるというか

ぶっちゃけ単発で占っても

そんなに大したことはわからないと

よくよくわかったので

頼まれた分は頑張るけれど

これほぼエンタメだなぁ、という感じ。

 

だから

ビジネスライクに

そうと割り切れば

役に立つと思う。

 

 

 

 

 

スピリチュアルは

 

「毎日タロットを引いて検証した」

占星術の盤面に書き込んで勉強した」

「啓示を聞いてこの本を読んでみた」

「気を感じて掃除した」

「気分が悪くなったので換気した」

「気の済むまでよく寝た」

などの行動を伴ったときに

良い効果をあげた。

 

 

単独で

現実に利益をもたらすことはなかった。

 

 

ただ

自分の心の仕組みがどうなっているか

知りたいなら、

現実的な効能を無視して

試していいと思う。

私は、そういうのが好き。

 

 

 

私は

スピリチュアルで

生活を豊かにしたかったわけではなく

スピリチュアルで生活が豊かになるのか

知りたかったというのが

本心なのかもしれない。

あわよくば

それで豊かになったらラッキーだ。

自分の中では

かなり満足できたというか

もともとは

病気を治したくてやり始めたことが

発端なので

病気のままでいいやとなった今

スピリチュアルについて

考える動機もかなり減ってしまった。