胡蝶のオラクル

日本昔ばなしタロット、ヘリオセントリック占星術、チャネリング。普段は家で寝てます。

2018年のふりかえり

2018年の私の運勢は

1年前に引いたタロット占いだと

教皇

日本昔ばなしタロットでは乙姫様の

カードがあらわすような年で、

振り返ってみると

神秘的なメッセージや

文字通り乙姫様とのチャネリング

繋がったりとか…。

肉体の目では見えない存在と

たくさん繋がれた。

 

 

一方で

そういうの…

慣れてくるうちに、

 

だんだんチャネリングが雑になるというか…。

例えば

1時間くらいかけて

丁寧に瞑想した後に、やっと繋がるのを

最初は辛抱してやってたのに

 

待ちきれずに

ちょこっと瞑想しただけで

脳裏や瞼の裏に

なんかが見えたのを

早とちりして

自分の気持ちとか思い込みで

解釈したりとか

 

そういう

適当にやるくせも

最後の方、出てきて。

 

あと

神さまっぽいのと

繋がったかと思いきや

どうやら

後から確かめたら

神さまではなくて

生きてる人の念らしかったりとか。

何と繋がってるのか

見分ける力がないのに

天使とかすごい霊だと

早とちりしたこともあった。

 

 

 

神さまではないと

完全には言い切れないときでも、

その情報の全部が合ってない…

例えば

仕事に復帰できて

3月まで働けるって

チャネリングでは言われたのに

実際の私は

ひと月もたずにギブアップしたとか、

そういうこともあったりして。

 

なんか

当たり前だけど

チャネリングで教わることも

万能ではないというか。

そういうことも

しみじみ勉強になった。

 

 

 

色々と

反省すると

瞼の裏に

見えた光景は

意外とあってるのに

自分が考察して解釈した部分が

間違ってるみたいなのがよくあって。

 

 

 

もしかしたら、

 

チャネリングで得た情報を

自分の思考ぐせに合致させて

都合のいいように

捻じ曲げないで、

ありのままに

表現することの方が

 

チャネリングをつなげること

そのこと自体よりも

もっと難しいんじゃないかなって思った。

 

レーニングしないと。

 

 

 

その

レーニングって

仏教で言うところの

「正見(しょうけん)」というか、

要するに

五感で得たことを

ありのままに受け取ることの

第六感バージョンかなって

思うんだけど

 

それって

どう考えても

五感でやるよりも

六感でやる方が

難しいし

 

五感の情報は

他の人と共有できるから

「それ荒井さんの偏見ですよ」とか

教えてもらえるけど

第六感の情報(脳裏の映像や頭の中の声)は

他の人に

見えたり聞こえたりしないんだから

間違えても

人から教えてもらえないから

レーニングしにくいじゃないですか。

 

なんか

それすごい難しいなって思った。

 

 

なんか

そんなんするくらいだったら

別に

チャネリングしなくても

普通に暮らして

試行錯誤した方が

いろんなことわかる気もするし

 

なんていうか

大変そうだなってわかってから

すごい面倒くさくなって

 

最初は

チャネリングを自分でできたら

お金かからなくてラッキーって思ったけど

今は

人にやってもらう方が

労力がいらないやみたいな

気持ちになってきた。

 

 

 

 

 

人の口からだろうと

自分で直接受け取ろうと

チャネリングでなんか言われても

自分で決めないといけないことは

自分で選ばなければならないし

生活作っていかないといけないのも

自分なんだし

 

そう思うと

チャネリングなんて

できてもできなくても

あんまし変わらないんだけど

 

 

でも私は

2018年の体験をとおして

自分の肉体の外に感情があることとか

魂と心がそれぞれあることとか

顕在意識以外の心理があることとか

体験できたせいで

すごく

大局的に生活を眺められるようになって

毎日落ち着いてて

幸せだと感じる時間が

圧倒的に増えたから

大変よい年であったとする。