胡蝶のオラクル

日本昔ばなしタロット、ヘリオセントリック占星術、チャネリング。普段は家で寝てます。

身体の内側に注意を向けながら動くのは辛い

完全に止まった状態で

マインドフルネスを

始めた時も

思考がたくさん湧き上がって

そのうちの大半は

思い出すと辛いことや

怒りと憎しみを生み出す妄想だったのだけど

それでも

長い間やっているうちに

落ち着いた気持ちで

瞑想できるようになってきた。

 

だけど

身体を動かして

身体の内側に注意を向けると

それって

外部から刺激されるのと同じに

身体感覚が変化するから

呼び覚まされた記憶が

次々とトリガーになって

マインドフルネスやりはじめたばっかしと

おんなじように

苦しい。

 

 

 

身体づくり運動とか

ヨガとか

ダンスみたいなの

辛い。

 

 

辛くないかなと思ってちょこっと

レッスン受けて

体操したら

すぐに涙が出てきて

「やりたくない」

「辛い」

「痛い」

「いやだ、いやだ」

って

抵抗が出てきて

身体の抵抗に

思考が加速を加えて

どんどん自分が嫌いになっていく。

 

考えようによっては

レッスンが(効いてる)のであって

いいことなんだけど

楽しんでレッスン受けてる人が多い中で

自分を見つめる作業が

自動で始まるのって

あまりいい体験になるとは限らない気がして

そう思うと

体感への注意で生じる「今、ここ」と

日常としての「今、ここ」の両立に

苦しむ分だけ損してしまう気がした。

 

 

動かしながら

体感に注意を向けるのが

辛くなったのがいつからなのか

分からないけれど

 

最近まで

それは

仕事とか職場を連想するからだと

思っていた。

 

今日、新しく気づいたことは

もっと、

ずうっと昔から

抵抗があったんじゃないかな、ってこと。

 

大学とか

高校とか

中学とかでも

体育が嫌いだったから

科目としての体育が

苦手意識を育んだと思っていたけれど

それは

実は違っていて

体育というものを受けるよりも

ずっと前から

私は身体の感覚に

集中することに

嫌悪感があったんじゃないかな。

 

何が原因かわからないけど

私にとって

この辛い感じは

体育の授業で後天的に

植えつけられるような

浅いものではないような気がする。

 

そして

やっぱし

こういうのの掘り起こしを

人前ですることを

私は安心安全って思えない。