胡蝶のオラクル

日々いろいろな世界から入ってくるチャネリングを書いてます

お金景気良くパァっと使う。

雑談の流れで

お金がたくさんあったら

豪遊して…

って話してて

 

寄付とか

みみっちいことしてないで

学校でも作るんだ〜って言ったら

 

いい先生、作ってよ

 

って言われた。

 

 

 

 

そんなこと言われてご機嫌。

教員養成ってとってもおもしろいと思う。

 

 

 

 

 

 

そしてオススメの校舎設備を

紹介してもらった。

 

なんか、よかった。

 

 

青空教室っぽいの。

 

天井に取り付けた照明が

平らで、青い光で

天窓に見えるのとか。

 

 

 

 

地中に埋まってるタイプの

丸い建物?の美術館とか。

 

なんか、虫の巣みたい。

 

こんなところで教員養成したら

どういう先生できるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いい先生って

私はいないんじゃないかなって

思ってる。

 

なんか、

一人歩きしてる。

人間力」とか「教師力」とか。

コミュ力」とか。

単純に「魅力」とか。

 

 

 

 

 

いいチームを目指すことが大切。

 

自分がいい先生になろうじゃなくて

いい学級、

いい教室、

いい学年、

いい学校、校舎、

職員室の雰囲気とか。

ちょっとだけ今よりも良くするために

自分に何ができるかなって

考えて行動することが

大切なんだと思う。

 

 

こういうのがいい先生で、

自分は当てはまらないからダメ

とか、

こういうのが

いい対応だから、

いい受け答えだから、

自分は同じようにできないからダメ

とかじゃない。

 

もしかしたら

自分は生徒にきらわれちゃったけど

他の先生が

その子が落ち込んでるの見つけて

カバーしてくれたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

いい先生になろうとすると、

いいお嫁さんとか

いい母親になろうとする人が迷うみたいに

苦しんでしまうと思う。

 

 

先生でいることと

自分らしくいることの

調和が大切なのに。

 

 

 

いい先生っていう決まった答えが

あるわけじゃないでしょう。

それは、

大人の数だけある。

全ての大人は、子どもにとって大人だから。

 

 

 

自分が何者なのか、

子どもに何ができるのか

わからないまま

教室、

または単に子どものいるところに

いて

 

わからないまま

できることをして

子どもが

反応を返してくれるのを

「今のは、先生らしかった。」

「最近の先生は、自分らしくない。」

って

違う言い方だけど教えてくれる。

 

そういうところが

お得な仕事だと思う。

 

自分に向き合っている大人のことを

子どもはちゃんと見てくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

単純に、いい教師を目指す時代は

すぐに終わると思う。

 

学校や先生に求めることは

本当に、変わってしまった。

 

〇〇先生がいい先生、

いい先生にあたったらラッキー、

ではなくて

学校や、公教育が

環境として

子どもたちに体験を積ませられるかが

問われていて

 

地域の一部に学校は吸収されていく。

 

学校の周りに地域があるんじゃなくて

地域に学校が含まれる感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教員個人のマンパワー

期待されなくなっている。

 

いい先生かどうかよりも、

教室に冷房が付いているかどうかの方が

大切。

それが受け入れられなければ、

学校は

空回りしてゆく。

 

 

 

なのに、

採用基準は変わらない。

いい先生が集まれば

いい学校になると思っている。

 

 

本当は逆だ。

 

 

調和のとれた環境に入ることで

ただの人が、高い教育力を発揮する。

 

単なる、どこにでもいる人が

大切。

特に、教育は。

 

 

 

 

教育は、

素朴な人が

力を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから教員をする人は

昔とは違うものが求められるけれど、

今まで求められたことから

自由になるともとれる。

価値観が変わる時は、

つらくて勇気がいるし

辛抱がいる。

 

 

多分、

辛抱どきだから

辛いんだと思う。

 

 

 

 

 

 

採用する自治体の考える

良い教師像と

現場で求められる

職員としても力量は

どんどん解離していている。

学校は

今のままでいられなくなる。

 

 

 

 

採用する世代の人が

崩壊を先延ばしにしても

今の若い先生が定年になるまでは

もたない。

 

 

 

 

 

次に、何を作るか

公教育をどうしていくか考えた人は

自由に、

更地に新しい学校を

建てていくことができる。

 

 

だから、

すっごく楽しむつもりでやれば

楽しめる。