胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

ジョコヴィッチの生まれ変わる食事、を読んで

以下の本を読んで、

気づいたことを書いています。

 

自分の食事療法の失敗は

心の状態にあったこと。

 

幼い頃に慣れ親しんだ食材や

食べさせてくれた家族の愛情

過去の知識のために抵抗が起きても

他の文化を学び

オープンマインドであることで

新しいことを

自分の生活に取り入れられること。

 

自分は飢えやエネルギー不足を

必要以上に恐れていること。

 

これらをクリアにして

食事療法に再挑戦すれば

今度こそ、成功するということ。

 

 

 

 

 

ジョコビッチの生まれ変わる食事

ジョコビッチの生まれ変わる食事

 

 

 

 

本屋さんをウロついていて

最近マイブームの

宇宙や星の本が

何冊も目に留まりましたが

 

これだけどういうわけかピンときて

買いました。

 

 

 

食事については

実に様々な本が

出ています。

 

上にAmazonのリンクを貼った時も

食事というキーワードだけで

何冊も出てくるし

自分も

過去にそういう本を読んだことがありました。

 

 

 

長いこと

1冊読めば類似本はいいかなって

思ってたんです。

 

でも、

これは気になりました。

 

 

 

 

 

 

恥ずかしながら

テニスのことはほとんど分からなくて

ルールも知りません。

 

それでも

買ってよかったです。

 

 

 

 

「ただのグルテンフリーの本じゃない!」

と気がつき

 

最近始めた読書ノートを開いて

大学生さながら

見開き3ページを記録しました。

 

 

 

 

 

 

 

一流選手が

食事を制するのは、

今でこそ当たり前だけれど

昔はそうではなかったそうです。

 

 

私は

この本を

今までにないほど

シンパシーを感じながら読みました。

 

グルテンフリーは

やっぱりいいんだとか

そういうことではありません。

 

セルビアという

自国民が切り開いた歴史、

長きに渡る伝統をこよなく愛し、

並々ならぬ誇りを持っている民族の人が

 

自国の伝統ある食事を

否定する可能性のある考え方を、

受け入れたことに感動したのです。

 

 

 

著者は

ベオグラードの77日間の空爆を生き延びて

その間

パンがなければ、

飢えから逃れることは

できなかったと。

 

そして、

幼少期を過ごした実家はピザ屋で、

(彼は栄養士からグルテンとチーズとトマトを避けるように言われた)

 

いつも美味しいピザを食べていました。

 

 

 

 

それなのに

自分を生かしてきた食事を

同じ食事で生きてきた家族の見守る中で

自分の行動で否定するなんて!

 

 

それは

どんなに難しいことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それができるのは

オープンマインドでいるからだそうです。

 

この

オープンマインドは

共産主義体制下で育ったことによる

「選択肢は1つしかない」

という固定観念を疑い、

世界の様々な国や土地の

それぞれの文化の1番いいところだけを

自分の生活に取り入れていくことで

実現できるようです。

 

オープンマインド。

 

 

 

 

それに

比べたら…

 

私の食事への態度が

定まらない理由は

なんて

なあなあであることか。

 

 

 

 

グルテンフリーも

ちょこっとやって

素晴らしい結果が出たのに

たまには食べてもいいだろうと、

すぐサボって

今では麺やパンを平気で食べていました。

(で、体調を崩していました)

 

 

 

 

 

 

でも待てよ。

 

うまくいかなかったのは

単に私が

サボり症だからではないはずだ。

 

ジョコビッチ選手ほどではないにせよ

自分も

かなりストイックな性格なのだから。

 

 

 

 

 

まだ

半分しか読んでいない

この本には

私がうまく食事を楽しめていない理由を

探るヒントも

たくさんありました。

 

 

 

 

 

 

ジョコビッチ選手が

小麦、パン、乳製品への愛なら

誰にも負けないと

言っているように

 

私だって

幼い頃から

自分を飢えから守ってくれていた

食品を否定するのは

辛いのです。

 

 

新潟の魚沼。

見渡す限りの水田で

オタマジャクシやタニシを見つけて

遊んでいたのに

なんで

流行りの食事法を目にしただけで

炭水化物を制限するなんて

できるでしょうか。

 

 

 

お仏壇から下げたお供え物を

頭が良くなるからと、もらっていたのに

糖分があるなんて理由で

勧められた果物を

なんの感情もなく断れるでしょうか。

 

アレルギーになったからといって

断るのが不愉快でなくなることが

あるでしょうか。

 

 

 

 

アンパンマンで日本語を覚えたほど

繰り返し繰り返し

アンパンマンを見たり読んだり真似したり

していたのに

大きくなったからといって

パンと糖分を控えて

大豆アレルギーを避けることなど

できるでしょうか?

 

ゴマしか残りません。

そのゴマすら、アレルギー症状が

出かかっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

私は、

自分の身体が

自然の一部である食材を

拒否していることが悲しくて

 

充分に受け入れることが

できていなかったのです。

 

 

食事療法に断念したのは

サボり癖ではなく

悲しい心が癒されていなかったからです。

 

 

 

 

 

 

 

ジョコヴィッチさんの本は

子ども時代の食生活と

自分を育ててくれた食材への

愛情と感謝に満ちていました。

 

 

「これを食べたらキレる子に育つ」とか

「企業が発ガン性物質を入れている」とか

「手抜き料理には愛情がない」とか。

人の家庭生活や子どもたちの環境、

食事に携わる人々を

一方的に攻撃する言葉に

辟易していた私は

 

 

なんだか

とても安心して

 

続きを読もうと思えたのです。

 

 

 

 

 

 

 

もう一つ気づきがありました。

 

 

私は読みながら

自分が

生まれてこのかた一度も

飢えたことなんてないくせに

 

潜在意識で飢えを恐れていたのです。

 

 

 

赤ちゃんだって

親から教わる前に

はっきりと

飢えを恐れて

自分から動けるのに

 

長いこと

その感覚を忘れて

経験して得たものだけか

自分の知っていることだと

思い込んでいたのです。

 

 

「飽食の時代の子どもだから

食べ物のありがたさがわからない」だとか

 

「戦争中は苦労したけど

あなたたちは平和な時代に生まれましたね」

とか言われながら

 

 

 

自分は飢えを知らないと

思わされてきました。

だけど

赤ちゃんの頃

お腹が空いたら

泣いたのです。

 

大人が知らないはずありません。

本能に植えつけられているのです。

 

いつか死ぬ事実と同じで

恐怖のあまり蓋をして、

分からなくしているのです。

 

 

 

 

 

 

私個人が

産まれたときに

生命を維持するために

プログラムされたこと、

 

 

世界のどこかで

今現在

飢えに晒されている誰かとつながっている

集合意識、

 

 

そして

過去に日本人が飢えていたという

知識、

 

 

そして

エネルギー不足になると

仕事の能率、さらには自分の存在価値までも

失うのではないかという恐れ。

 

 

 

 

これらが

よってたかって

私の目を曇らせて

食品を自分で吟味することから

遠ざけていたのです。

 

 

 

私は 

この、飢えへの恐怖心を

クリアにすることで

自分の身体を

最高にしてくれる食事習慣を

構築できるのではないかと

考えました。

 

 

 

ジョコヴィッチさんの

オープンマインドを使って

やってみようという気になったのです。

 

 

 

 

自分の中にある

恐怖心をもっと繊細に感じとり、

ひもじい思いをしている人には

アンパンマンのように接して、

この世から飢えをなくすことが

人類にできると強く信じて

自分のあらゆることを見直すのです。

 

 

 

 

今の私は

近い将来

特発性過眠症

おさらばできるかもしれないと

本気で思っているのです。

 

 

 

 

 

今朝の食事は

今までと全然違う体験となりました。

 

身体に出来る限り明確に指示を出し

よく噛んで飲み込むようにしました。

 

その間に

自分が

舌を噛むことを恐れていると気づき

 

早く食べろと言われる教育を

受けていたこと、

自分もそれに加担していた反省が

湧き上がるのを知りました。

 

今まで

押し込めて見ないようにしていたのです。

 

 

 

ヴィパッサナ瞑想で呼吸に伴う感覚を

感じるように

味覚や嗅覚を感じつつも

その多くが一過性の刺激で、

中には現実の刺激ではないことも

感じました。

 

 

マインドフルネスや
その他のワークをしている時のように
体感に注目すると
内臓の返事が聴こえる気がしました。

 

内臓の体感の多くは

痛みの反応で

自分が身体に与えられたものが

最適ではないことを示していました。

 

しかし

私の指示に対し

「承知しました」と

言っている気がしたのです。

 

むしろ

「やっと指示がもらえた」と

喜んでいるようにも感じられました。

 

 

食べ終わると

すぐに眠くなり

感情を伴う長い夢を見たのです。

 

私は

「飢えと、世界と、愛情に関する潜在意識を

あなたの言うように書き換えました。」

という

無意識からの返事と信じることにしました。