胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

すごい自信だよ。こんな簡単なことだったんだ。

ずっとサボっていた

ギターだけど

ここ3日間くらい集中して研究してる。

自分なりに。

 

 

なんか、

「今は下手だけど、なんとなくできる気がする」

って

半信半疑でギターをやり出して

まだできないんだけど

 

先生を見つけて

レッスン申し込んだり

他のところも見学に行ったりして

根拠がないんだけど…

本当に根拠がないんだけど…

音楽で生きてけるな〜って感覚が

強まってきた。

 

 

音楽大学出たわけでもないし

そういう人でも厳しい世界だと

イメージしているんだけど。

 

 

昨日あたりから

「私が受けてたのって

英才教育かもしれないな」って

気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は

4歳からヤマハ音楽教室

エレクトーンを習い始めて

家には早くから電子ピアノが置いてあった。

 

始めた時期はまあまあ早かった。

でも、いわゆるすごい人は

赤ちゃんの時からやってるけどね。

 

 

 

ピアノをやる前は

バカの一つ覚えで

一寸法師の童謡を

延々と歌っていたらしい。

 

 

 

 

今まで散々悪口を言ってきた両親だけど

これの教育が

とても良かった。

 

 

 

 

ピアノについて

完全に放置だった。

 

 

 

 

小さい頃から

ピアノを習わせる親=神経質で教育熱心

と思いきや真逆で

ただ、なんとなくやらせただけ。

 

 

他の子たちは

レッスンに母親が付き添ってるのに

ウチは産まれたばかりの妹がいるから

レッスン中は買い物。

 

 

 

週1のレッスンに

宿題があるけど

やったためしなし。

怒られた記憶もゼロ。

そもそも宿題があることを

親が知らない。

 

(つきという曲だけ、練習に付き合ってもらって泣きながらやった覚えあり。両手弾きの4曲目くらい)

 

 

発表会のとき

私だけ1つ年下のクラスの発表に混ぜられ

落ちこぼれ対応されても

全く嫌な顔をしなかった。

 

私自身、それを悔しいこととも思わない。

 

 

本人は

家の電子ピアノを

ぐちゃぐちゃに叩いて遊ぶだけ。

真面目に曲の練習をしてなくても

ひたすら放置。

 

 

 

 

エレクトーンをやり始めた時から

落ちこぼれ状態が始まっていたので

「自分だけ弾けない」が

恥ずかしいことだという概念が構築されない。

 

弾くどころか

みんなと同じページを開くのができない。

(小学校1年生の担任を経験した身としては、年齢相応のことだと思ってますけどね。)

 

 

羞恥心が芽生える前から

エレクトーン教室で落ちこぼれていた。

 

それでも

楽しかった覚えはある。

 

 

 

 

 

 

 

私が幼少期に体験した音楽教育の特徴は

 

鍵盤楽器、習っていた

*「ドミソ〜♪」とか歌う音感レッスン受けた

*鍵盤めちゃくちゃに叩いて遊ぶだけだった

*劣等感がない

 

最初の2つは

珍しくもないんだけど

3つ目と4つ目の

自分勝手に鍵盤で遊んでた時間が長かったのと

弾けることにこだわらないってのが

 

ひょっとしたら

すごく貴重で、

すごく力をためていて、

すごく得がたい経験かもしれない。

やばいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分はずっと

音楽の才能って大雑把に1つで、

クラスの中で合唱コンクールの伴奏してたような子が、たくさん集まって、その中でもものすごくうまい子が、上から順番に音楽家になれるんだと思ってたの。

絶対音感ってのがあって、何でもすぐに耳コピできる人が音楽で仕事をしたり作曲家になったりバンドをしたりできるんだと思ってたの。

でも、

全く違うってことがわかったの。

 

 

それは、違ってたの。

 

 

ギターをやって、

音感とか、音楽理論を勉強したら

 

音楽の能力がすごく

幅広くて

いろんな種類があるんだってことがわかったの。

 

 

 

音楽の力にも

色々あるんだってわかったの。

 

 

 

 

それで

ヤマハの先生になる力と

学校の音楽の先生になる力と

ピアニストになる力と

音楽愛好家になる力と

ロックンローラーになる力と

歌手になる力と

バイオリストになる力と

オーボエ奏者になる力と

シンバル奏者になる力と

オーケストラ指揮者になる力とで…

 

 

 

音感の種類も、リズム感の種類も、

演奏技術の種類も、

水準も

 

仕事の内容も

全然違うってことがよくわかって

 

 

音楽は音楽でも

たくさんあるって

つくづく思ったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

私は

ずっと

0か100かでしか

能力とか才能ってものを捉えてなくて

 

何でも

「もっとすごい人がいる」と思うと

諦めてきたんだけど

 

 

 

 

昨日

あれ?

私、ひょっとして

貴重?

 

って思えたの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音感とかリズム感とか、

演奏とか鑑賞とか創作とか、

芸術一般について

親しんできた経験量に、

 

偏りが

ほとんどないんですよ。

 

 

 

 

 

例えば

音感だったら

 

小さい頃に

ピアノ習ってると

絶対音感がついて、

それが鋭敏過ぎると

移調された曲が別物に聞こえちゃったりして

逆に不便なことがあるんですが

自閉症の子が音楽聴いて逃げちゃうのは音の大きさもあるけど、そういうのもある)

 

 

自分は

散々、鍵盤を叩いて

カエルの歌やら習った歌を移調する遊びを

しているし

不協和音もお気に入り和音も鳴らしたから

絶対音感に融通がきくんです。

相対音感も育っているんです。

 

 

 

 

 

リズム感も、

親にひっぱたかれながら

緊張状態でピアノを習ってる人と違って

悠々自適に遊んでいるから

悪くないんです。

 

メロディーも

童謡が好きだったから

わりと質のいいメロディーが

ダウンロードされているんです。

 

 

 

 

 

ハーモニーにも

色々な感じ方があって

ギターだけをしている人は

コードを覚えるイメージかもしれないけど

 

実は

楽器の種類によって

同じ音でも微妙に

音の高さや音程に

違いがあるんですよ。

だから、

同じスケールやコードを

別の楽器で一緒に弾いても

それだけでは

完全に同じにはならないらしいんですね。

 

 

やはり

耳で聴いて

その場で合わせないと

自然なハーモニーにはならない。

 

 

 

 

6本の弦を美しく鳴らすハーモニーと

違う種類の楽器と和音を鳴らすハーモニーと

合唱で作るハーモニーは

 

作り方が違うんですね。

 

 

合わせるには

楽器ごとに違った技術が必要ですが

まずは聞き取れないと話になりません。

 

聴き取るにも慣れが必要で

 

楽経験や担当楽器によって

得意不得意があると思います。

 

 

 

 

 

 

 

人間の経験できることには限りがあるから

 

楽経験が長かったり

プロの演奏家だったり

教える立場にある人でも

 

何かが徹底的に欠けてたり

飛び抜けた何かだけで他を補ってたりして

 

 

バランスよく色々を感じられる人間は

稀なのでは?

と考えるようになりました。

 

 

 

 

演奏技術や知識は

後付けできるけど。

 

聴力、聴覚、音感、リズム感、美的感性

ハーモニー感性、楽しんで歌った記憶…

 

あとから足すのが大変なものもある。

 

 

 

 

 

5年生から2年間ピアノを教えてくれた先生が

「音楽の歴史と音楽理論の一般常識は

ピアノを習っているなら覚えておくべき」

 

という考えの人で

 

作家家の名前や代表作、異名、活躍した時代

調性のこと

ドイツ語読みの音名

などを暗記させられた。

 

練習曲も、今思うと意図して

吟味されていた。

 

 

 

当時は何のことやら

分からなかったが

 

 

 

「単に難しい曲を弾けるようになるだけが、

ピアノではない」

というメッセージは

今の私まで影響している。

 

 

 

 

 

 

 

回数は決して多くないけど

バレエや、歌舞伎を観たし

 

リズム感ってことで言えば馬術もやった。

 

音楽のモチーフになる文学も

関心がゼロではない。

 

宗教音楽は詳しくないけど

スピリチュアルに関心ある分

背景の宗教観そのものは

全くわからないでもない。

 

 

 

最近だと

絵画や写真や、映像美術や

DTMに注意を向けている。

 

 

 

 

 

自分、幅広いなあ。

 

 

自分じゃなくて

音楽が幅広いのかもしれないが。

 

 

 

民族音楽とか

メロディーのないケチャみたいなのも

楽しいと思って聴ける。

 

 

 

 

 

謡曲に詳しくないし

カラオケの持ち歌も少ないけれど

 

そういう

一般的な

音楽好きな人のイメージに引きずられることが

なくなって

音楽やってる人からどう思われるかも

気にならなくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

作曲の知識は

これから身につけるけど

そもそも完成した音楽

頭に降りてくるし

 

 

 

「作りたい」「発表したい」ってより

「遺したい」とか

「残る形にしときたい」って感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

大半の音楽愛好家と

感性違うと思う。

 

 

 

 

 

 

 

でも、それでいいんだと思う。

 

 

 

 

 

すごく自信がつく。

 

 

 

 

今までに経験したことのない自信。

 

 

 

 

 

自分の人生

くだらないと思ってたけど

 

 

 

 

一寸法師歌い時代から

エレクトーン時代から

ピアノ時代から

金管バンド、トロンボーン時代から

吹奏楽、バスチューバ時代から

舞台美術、聖歌時代から

カラオケ、馬術時代から

学級で音楽の授業とかリトミックやる時代から

絵画収集、DTM、ギター時代まで

 

 

 

途切れることなく経験を積めたことに

もう感謝しかない。

 

 

 

 

 

 

 

作曲を仕事にするときに必要な

バランス感覚が

備わるように

綺麗に

采配されていると思う。

 

 

 

 

少年院や学校で働いて

他人の個性を掴む訓練を積んだことも

 

作曲を依頼してくれる

バンドや歌手の

個性に合わせて曲を作るのに

役立てられると思う。

 

 

 

 

曲のインスピレーションは

これまでどおり

不思議な現象によって

降りてくると思う。

 

 

 

 

自然の中で遊んだことも

芸術に心が向かっていることも

全部創作に繋がると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギターの取っかかりが

少し大変だったけど。

 

音への感性とか

捉え方が広いからこそ

 

ギターしかやってない人よりも

和音とか、響きについて

イメージが広いし、

 

音の読み方が

クラシックの読み方で

イタリア語か

ドイツ語、日本語で

身についてるから

英語読みに

慣れるまで時間がかかった。

 

吹奏楽とか劇とか映像美術とか

全部を含めて

私の中では音楽だから

バンド活動だけしてる人よりも

目標が漠然としてる。

 

 

 

 

 

全部

裏を返せば

いいことだと思う。

 

 

 

 

まして

作曲をするなら

めっちゃいいと思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで

弱点のように感じられたことが

全部ひっくり返った感じ!

 

今できないことは

大部分が、

練習で何とかなることしか

残ってない!

 

 

 

 

 

ものすごく不思議。

 

こんなの、

将来役に立つと思ってやったことなんか

1つもないのに

 

全部

これから作曲するために

操作されていた気しかしない。