胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

死んだ後に会う光の球と私の最終形態は同一なのか

 

死んだら、光の球に会うんだそうだ。

 

で、そういう本を読んだし

そういう本についてる誘導瞑想で

確かに光の球体に会ったから

 

そういう人の言ってることが

嘘だとは思ってない。。

 

 

 

だけど

自分が

「これはずっと先の未来の私だな」

「私の魂の本体だな」って感じる球体は

 

光の球体じゃなくて

水の球体っぽいんですよ。

 

そこが

他の人の言ってることと

自分がしっくりくることとで

違う。

 

 

 

 

 

他の人たちの本とか動画だと

自分たちの魂は

太陽のような光の球から出た

ひとしずくで、

一生を地球で終えると

光の球体に戻って

学んだことを本体に提供して

で、

また次の魂の粒になって

新しい肉体に宿って

人生をスタートするらしいんですね。

 

 

図1みたいに。

 

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でも

私の頭の中にある世界観では

魂の本体というか命の元が

水でできてるし

光ってはいるけど

ライトアップされた噴水みたいで、

太陽には似てない。

 

 

 

 

一応、

太陽みたいなのも

瞑想してたら見えたけど。

別に

心地よくないというか。

一体感はないというか、

隣の会社の偉い人みたいな感じ。

 

逆らったりはしないけど、

私のホームって感じじゃないというか。

 

 

 

 

 

よくわからない。

 

 

 

 

 

 

これは仮説だけど、

光の球体は

おおもとの神さまとか

唯一の神さまとかって

呼ばれているものだけど

 

実は

もっとたくさん球体はあって

光の球体にも

いくつか種類というか

友達とか兄弟が

いるのではないかなあ。

 

 

 

 

それで、

光の球体が本体の人は

「魂の本体は太陽のような球体ですよ」

って言うの。

 

で、

私の本体は

水の球体というか

池みたいなところだから

魂の本体は水の球体に感じられるの。

で、

その泉のことを

スーパーZENちゃんって呼んでいるの。

自分1人にとっての

大いなる存在だから。

 

 

 

 

 

大いなるものを

空間として感じる人と

光として感じる人と

泉として感じる人と

その他いろんなもので感じる人がいて

 

同じものとして

捉えても

問題は起きないんだろうけど

 

今の私は、

どうやら違うもののように感じる。

 

 

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水も

光の粒でできてるから

結局は光でできてるのと同じでしょって

話にもなるんだろうけど

 

そういう理論上のこととは別に

水は水で光とは別の

独立した

エネルギー体のように感じる。

分け与えてもらってるものは

文字どおりの水分子ではないと思うし。

 

 

水も光で

できてるんですって言われれば

それまでなんだけど。