胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

男性は沈黙している、は事実か?MeToo の流れを見て思うこと

ここ数日

セクハラの話題ばかりを見ているよ。

ツイッターばっかしやっている。

 

 

そこで

あんましまだ積極的に賛同してくれる人の

数は多くはないんだけど

それでも構わないやと思って

発信したことがあった。

 

 

男性への性差別、

男性に限らず全ての性別の人への

性的嫌がらせを

やめようよって。

 

 

ただ、それが

具体的に

どんな行動や言葉や現象を指すのかが

私にとってはあやふや。

 

あやふやだけど

確かにあることは、わかる。

 

 

 

 

この2日間で

わかったのは

童貞いじりに代表されるセクハラを不快に思う男性が、私が想像していた以上に多かったこと。

そして、

それを声に出しても、どうせ何も変わらないと感じている人がとても多いということ。

声を出している人もいるけれど、残念ながら声を上げる場所によっては、それが他の誰かに対してのセカンドレイプとして機能しており、非難されること。

セカンドレイプにならないように声をあげようとしても、効果的に伝わっていく場に恵まれないこと。

 

そして

不満は伝わらず、我慢や諦めが続いた結果

男性をいじって笑っていたことのある女性が

困っているのを

 

あえて、助けない。

 

または、

助けるべきだと思っていても

気持ちが追いつかない。

 

もしくは助ける前に

せめて納得のいくような謝罪を待っている。

 

という男性を増やしていて

 

女性の側から見たときの

「男は、

女がセクハラ被害を訴えても

黙っているか、セカンドレイプするだけ」

という状況を作っているのではないのかな。

 

 

 

 

 

(全部読むと6000字近くにもなるので

ここまででもいいです。

ただし、メインは最後の方です。)

 

 

 

 

 

 

 

 

男性の投稿の中に

「男も#Metoo使っていいんですか」

とか

「男が受けたセクハラはノーカウントですかね」

というような意味のものを見つけた。

 

あまりに当然のように

セクハラを受け続けたこと、

性被害を受けた女性のためのタグだと紹介している場面もあること、

タグを使っている人が圧倒的に女性に多いことから、

性被害の被害を訴えていいのは全ての性別の人だってことが浸透してないんだろうけど

 

なんでこういう質問が出てくるのかって

その男の人の中の人権意識や

セクハラの定義がその人の責任でおかしいのではなくて

告発してはならないという圧力が

相当な強さで

かかっているからとしか思えないんですよね。

 

そして

そういったツイートの連投の続きまで読むと

その人がとても傷ついていて、

傷ついた深さのあまりに

自由に#Metoo使って発信することを

ためらったり恐れてたりしていることが

わかるんだけど、

 

最初のツイートだけを見て

#Metoo へのいちゃもんだと思った女性に

誤解されて反論の材料にされていたりもする。

 

その後のツイートは元気になってそうで

少し安心したけれど

それでも、見たときに気の毒に感じた。

 

 

 

 

 

クソリプに対する私の立場

男性の沈黙に私が思うこと

 

女性が性被害を訴えると

必ずと言っていいほど

クソリプ」と呼ばれている

被害者を貶める中傷を送る人が現れる。

これは女性に対してだけではなくて

全ての傷ついたことを訴えている人に対して、

ある。

 

ただ、私がこの文章を書いているきっかけは

女性が男性を告発したことが発端になってるので

女性の訴えという言い方にしている。

多分、その方が私が言いたいことが伝わるから

そうさせてもらう。

 

 

中傷は、中傷として面倒だけど事務的に処理されるようだ。

中傷とまでは言えない、被害女性の言動に対する冷静な反論めいたものもあるんだけど

女性の意見の正当性を否定する文章としては

はっきし言って箸にも棒にもかからない。

だから、

被害女性に対する攻撃、

もしくは男尊女卑の正当性を示すために

機能しているクソリプ

私は無視している。

大量にあって、無視できないくらいあるけど

大切な意見として受け取っていない。

だから、クソリプに関しては

これで話すのをやめる。

 

 

 

 

 

 

では

 

弱いものいじめをしようとしない

まともな男性は、

どこでどうやって

クソリプではない

自分の感情を表明しているのか?

 

と、私は考える。

 

すると

選択肢が非常に少なくて

(あくまでツイッターの中だけの話ですよ)

積極的に女性を応援する人は

その意見を#Metoo や#HowIwillChange

で表明すればいいだけだから

話は簡単なんですよね。

そして、そういう人がいることは

とても良いことだと思う。

 

だけど、

それは良いことに決まっているので

それについて話すことも

いったん終わりにする。

 

 

 

 

 

私が重要と感じたのは

「積極的に女性を応援しようと思わないが

言いたいことがある」人は

どこでどうやっているのか???

 

 

そのような人を

女性が望んでいるかどうかといえば

望んでいない人が多いが

 

(続きをネタバレすると

クソリプに混じって

そういう人もいっしょくたに

無視されていることがわかったのだが)

 

自分にとって都合の悪い存在だからといって

存在しないことにしてよいわけではない。

 

 

これについての私の最初の考えは

「傷ついている人に対してのリプライで

自分の思っていることを話すからクソリプになってしまうのであって、

自分のタイムラインで、自分の考えを言えばいいのではないか」

というものだった。

実際にそのような意味のことを

ツイートしたところ、

数は少ないものの

女性と思われるアカウントから

同意が得られた。

 

このことから

女性が嫌っているのは

男性の意見表明そのものではなく

自分の伝えたい

「男性から女性に対するセクハラ」を語る

議論の場の横取り

であることがわかる。

 

つまり、

男性の考えや感情や人格そのものを

フェミニストと思われる女性や

性被害にあった女性にシンパシーを感じる女性が

否定しようとしているわけではないんですよ。

(実際は否定する人もいる。かなり多い。

だけど、それは先ほど無視することにしたクソリプと同じことで、量は多いが大切な意見ではないという理由で、よくないんだけどいったんは棚にあげる)

 

だから、

騒ぎの本質は

男女の考え方の違いによるものではない。

 

 

 

 

 

 

で、

やっと

ZENが言いたいことが始まる。

ここまで読んでくれた人が

何人いるかわからないけど

ありがたいと思う。

 

 

 

 

 私は

「女性が声をあげてこなかった」

「女性がもっと声をあげて」

という啓発が大嫌いです。

それは、不当な圧力だと思ってる。

 

だから、

#Metoo の流れを歓迎する男性の中に

そういう人がいるのは

邪魔せず、賛同せずの立場をとっている。

だがそういった男性に意を唱える人には、

自分も同じ考えだと賛同を示しはする。

積極的に

どちらかの味方には

ならないってことです。

 

でも

この記事は私のブログなので

私の思っているままの考えを言わせてもらう。

まだ上がっていない声を

あげさせることを求めるよりも

女性がすでにあげた声を

大切にするべきです。

 

 

残念だけど

フェミニズム

ドンピシャで対象にしている

女性への呼びかけですら

現状では

女性の主体性を求める啓発が

優勢なので

まだ、世間はそのレベルというしかない。

 

 

だけど

私はそれを

立場を逆転させて繰り返したくない。

 

「たった1人で戦う」ことにはなっておらず

ここまで上に述べてきた考えなら

(味方の数は少ないながら)

女性が賛同してくれることがある。

 

 

男尊女卑を非難するツイートに比べると

「いいね」の数で言えば

100分の1くらいしかない。

 

が、0ではないし、

女性を大切にすることと

男性を大切にすることは

両立するから

女性差別のツイートに

いいね!を押してくれた人が

男性を積極的に差別している心配は無用だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

これ以降に述べることは

賛同者がほとんどいない可能性がある。

 

 

 

 

 

男性は、すでに

正当に声をあげている

 

 

先ほど、議論の場の横取り

という言葉を使った。

確か社会学用語で

議論の場を表すカタカナ言葉があったのだけど

今、忘れてしまったから

こう呼ぶことにする。

それに、この方が

学術用語よりもわかりやすくて

ちょうどいいだろう。

 

 

 

 

私は

「フェミっぽいツイートしますね」

と言われるので

一応、フェミニストなのかもしれない。

ただ、フェミニスト宛てのクソリプ

今までにもらうことはなかった。

 

いいかどうかは別として

リプライでわざわざ

人に中傷を送りつけるような人とは

性別問わず

インターネット上でも付き合いがない。

それが私の情報源の偏りと思われたら

否定しない。

 

 

 

 

でも、

まともな人は

この件になんて言っているのだろう???

と思って

おそらく男性だと思われるアカウントの

タイムラインを見てみると

 

フェミニズム

男女の平等に対して

繰り返し考えを述べている人も

いるのだ。

 

 

 

それも、

女性が被害を告発することを

邪魔しないように

気をつかってやっている。

 

言い換えると

女性から

議論の場を横取りせずに

自分の意見を述べている男性は

すでにいるのだ。

 

これは

タイムラインで

わざわざ探すか

たまたま目に入らないとわからない。

なぜなら、

#Metoo 界隈や、

傷ついた人が泣きながら積み上げてきた議論の場に

リプライ機能を使って

横入りするのは失礼だと

心得ていている男性は

目立たないように

迷惑にならないように

しているからだ。

 

したがって、目立たない。

 

でも、

目立たないことと、ないことは違う。

 

 

「男性も、言いたいことがあるなら

告発している女性に

迷惑にならないタイミングで

言えばいいじゃないか!」

 

という意見を

何回か見かけた。

私も、

昨日の昼くらいまでは

そのように考える節があった。

 

 

これに関して、

今は

「被害にあった女性に

最低限の配慮をしつつ

男性の置かれている厳しい立場について

意見を述べたい男性は

自身のタイムラインで

すでに意見を述べている」

 

という考えに変わっている。

 

 

 

自分の場合

あるのに、

当事者意識が足りないから見えていなかったの。

見ようとしていなかったんだ。

 

 

 

 

 

すると、

「男性も意見を述べるべきだ」

「言いたいことがあるなら言え」

的を射る反論ではないことがわかる。

 

 

 

クソリプは無視すると先ほど書いたが

クソリプでないものを

クソリプと早合点している反論もあるし、

「男性が言いたいことも、わかるけどそれはそれ。これはこれでしょ?」となだめすかすようなのもある。

 

ちなみに私自身、それをやりがちだ。

でも

私は自分を苦しめたレトリックを

自ら使って誰かを苦しませるために
社会学を勉強したのではない。

自分自身が解放されるために学んだし、

それを達成しつつある。

 

「なぜこのタイミングで、言うのか?」

「当事者ではないのだからもっと冷静に」

という発言が

男性の訴えを無力化して

暴力的に機能することがわかったら

それを率先してやめるために

言葉を使いたい。

 

 

 

 

 

 

 

あらゆる告発を

黙殺し、無力化することは

 

「まあ、まあ。」「気持ちはわかるけど」

まさにそのような言葉を使って

過去に

行われてきたのではなかったか?

 

そして

本当に黙ったら、

次は自分の番かと思えば

みんなが向こうへ

行ってしまったのではなかったか?

 

 

 

あらゆる悲しみや問題は

そうやってスルーされてきたのではなかったか?

 

それが大量に積み上がって

噴出しているのが今ではないのか?

 

その噴出口が複数あるのが

今の社会なんじゃないのか?

 

そのことは

「冷静でない人たち同士のくだらない殴り合い」

なのだろうか?

 

その景色を俯瞰して高みの見物をするのが

本当にカッコいいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

こういう背景にめげずに

果敢にも

「なぜ、積極的に応援するか、しないかの

二択しかないのか」

という意味のツイートを見かけた。

知らないアカウントだから

その人の真意を

私が読み間違えている可能性もある。

 

そのツイートへの反論は

「二択しかないなどと、そんなことはない」

だった。

 

 

 

確かに、選択肢は無限にある。

男性が気兼ねなく使えるハッシュタグ

作る方法もあるし。

(#MeToo使えばいいと思うけれど

別のものの方が適している可能性もある)

 

だけど

苦しみの訴えに対する反論として

その指摘は妥当だろうか?

 

タイムラインで

自身の考えを述べて

それが

ハッシュタグ付きの

女性の言葉と

同じ効力をもって

ハラスメントの加害者の目に

果たしてとまるのだろうか?

 

その機会の不平等を男性が

クソリプか賛同かの

「二択しかない」という言葉で表現するのは

本当に妥当じゃないことなんだろうか?

 

少なくとも

私は

女性を支えようとするツイートの方が

男性を支えようとするツイートよりも

多く拡散されて

多く人の目にとまるということを

経験しているし

 

 

 

男性を擁護するときに、

女性を擁護するときと同じ気持ちでやっても

反応が薄いのを実感する。

 

もちろん、私の発信力や

ツイッターでの存在感は小さいので

社会全般に当てはめることはできないが

 

 

「女の主張しか拡散されない」

という端的な言葉で

私が言いたいことを

表現している男性は

たくさん見かける。

 

 

 

それを見た女の私は

気分よくなることはないが

自分がほんのすこし体験した限りでも

事実なのだ。

気分を害されようが、

自分が訴えたいことの勢いを削がれようが、

否定するわけにいかない。

 

事実は事実なのだから。

 

 

 

 

私が

長ったらしく書いた

今回言いたかったことは。

 

「女性(私と同じ属性の人を指している言葉として受け取ってほしい)が今まで

たいしたことないと思っていた

男性の声は、

私たちが思っていたよりも多くのリスクを

賭して表明されていたのではないか。

 

そのことを、

少しでも気にかけることで

今までに見えなかったものや

見ようとしなかったものや

スルーしてきたもの

見えるようになるのではないか。

 

それを汲み取ろうとすることは

地道だし

言い方悪いが面倒なんだけど

 

必要なことかもしれないし

 

それをするのに

男性をお子さま扱いしたり、

加害者擁護集団扱いしないで、

 

1つずつの言葉が何を言おうとしているのか

余力のある人から順に

会話を試していく必要が

あるのではないかな。

 

 

 

 

当事者以外が冷静になるって

そういうことだと思う。

 

男性に

「今は黙ってろ」と言うことではないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

週末遊びに行きたいと頼んでみたら

銀行に主人1人で行ってくれるそうです。