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眠すぎる! 特発性過眠症 眠すぎる!

2017年からは過眠症は関係なく旦那の行動観察と自分の気分を書きます。特発性過眠症の方は、記事の内容に関係なくコメント下さい。お友だちになりましょう。

自分の強みを探す旅 読書編

自分なんて、
何の取り柄もないし
個性的とか言われても
馬鹿にされてるようで全然嬉しくない。
仕事は遅いし、
丁寧って言われても嬉しくない。
早くてきれいにできる人だって
いっぱいいるのに…

2016年の始まりが控えていた
去年の秋
私はコンプレックスの塊で
人に慰められても
笑顔でお礼の言えない
辛気臭い奴でした。


あの頃に自分が自信を持っていたもの。
読書のスピードですかね。
まあ、まあ、
本は読む方だと自分でも思っていました。
勉強も頑張ったから
自信はあったけど
でもどちらも
上には上がいる世界でした。
法務教官の女性は高い倍率を
勝ち抜いているので、
いわゆる平職員(とは呼ばないけど)でも
エリート(とも呼ばないけど)のような
すこぶる頭の切れる博識な人がたくさんいた。
学校で勤めれば
自分よりも本読む先生なんて
他にいっぱいいる。
国語の先生だっているし。
だから、
勉強も読書も
平均よりはやったと思うけど、

よく聞くオンリーワンとか
自分の個性とか、
これだけは誰にも負けないぞとか
思えるものではなかった。




(そいいうレベルじゃないと
満足して長所と認めないところが
独創的なんでしょうね、自分)

皮肉なもんで、
本当に才能ある人って、

さらなる才能の持ち主と
簡単に繋がってしまうもの。


私の周りは本の虫だらけでした。

父親は、踝を掴んでひっくり返せば
文庫本が常に4冊は落っこちる人でした。

母親はそんなに読書家の顔を見せませんが
家には大量の子育て本がありました。
父親はそういうの読まないので
母が、子供達が学校に行っている間に
読んでいたのでしょう。

(後に我が家に漫画ブームが訪れて
急激に良書が減ってしまいましたが…。)

救急隊員に酸素吸入器を投げつけて死んだ爺ちゃんも

「知らないことが一個でもあったら、
一冊読んだ甲斐があるんだ。」
という流行りの効率化読書術とは
真逆の名言?を残しています。
父の実家にも母の実家にも
本は大量にあります。
子どもが本を読むなんて、
石を見つけたら蹴りたくなるのとおなじ
当たり前のこと。


小学校以来の友達は
図書室の本をほぼ制覇している人です。
「これ読んでるよ」と言えば必ず
「〇〇年生のときに読んだよ!」と。

ジブリアニメの
耳をすませば」を見たときに
主人公のしずくちゃん
本を読んでも読んでも
この天沢聖司って人が先に読んでる〜ってのが
私にはこの友人そっくりに思えました。



子供時代、
自分が
読書家と思ったことはなかったです。
でも、
子供だったんですよね。
人と比べてどうこう感じて落ち込むってことを
しなかった。
夢中になって
本を読んでいました。
ルパン全集がお気に入りで、
伯母さんんも好きだったと話してくれました。

だから、今思えば

やっぱし

本をたくさん読む習慣があるっていうのは
自分の長所だったのです。

それなのに、
自信を失っていきました。




私よりも
あの子の方が
もっとこれができる
あれもできる。


私は、
長所や強みを
人と比べたり
人に勝っているかどうかで
判断しようとしていたんですね。

だから長年、
強みに気がつくことができなかった。

いや、それどころか
強みであることほど、


自分より優秀な人を周りに引き寄せてしまうがために


強みであるところを

逆に弱みだと
勘違いしてしまっていたのです。

そして、
自分のコンプレックスのトリガーである
豊かな才能の持ち主と会うのを恐れて
強みを磨くことを避ける。


そして強みは育たない。
育っていない強みと
弱点で勝負するから負ける。


その繰り返し。
うまくいかなかった。


自分に強みなんてないんだ…


でも
若者から
アラサーになって
気がついたのです。

私が勝てないやと思った
友人は
法律事務所を開いたり、
学者になっている。


つまり、
私の強みを彼らも持っていた。
両方持っていたのです。

力自慢のカブトムシが
もう一匹カブトムシに出会っても
「俺はカナブンだったのか」
と考えなくとも良かったのです。

たとえ周りの人間が
ヘラクレスカブトムシ
ばかりだったとしても、
カブトムシはカブトムシ。

自信をもって良かったのです。


博覧強記の彼らと
話が通じている時点で
私もそこそこ勉強したのだと。

そいいうふうに考えた方が、
自分の人生は上手くいくのだと。


そんなふうに考えられるようになりました。