胡蝶のオラクル

直感を使ったことを記録します。予感することから、確信することまで。

大学生になり、田舎暮らしでのびのびしたが。

気持ちのデトックスが まだまだ続きます。
でも、環境が変わってちょっと落ち着き、
明るくなります。

私は、高校生の頃
医学科に進学して、医者になりたかった。

一方で親は、絶対に私を教員にしたかった。

親は教員ではないのですが、
親の兄弟夫婦が 教員夫婦だったのです。

教員夫婦の伯父、伯母ばかり可愛がられて
親のそのまた親、つまりお爺ちゃんお婆ちゃんに
自分たちが 可愛がってもらえないのは
教員ではないからだ
(その他、末っ子だからだ、男の子を
産まなかったからだのバージョンもあり)
と考えたらしく、

教員という職業が どんなものかも
自分では ろくに知らないくせに、
教員ならクビにならないから なれだとか、
仕事のうちに入らないような働き方でも
給料がもらえるんだとか…

偏見と自分勝手な復讐心のために
ひたすら私を教員にしたがりました。

誇りある仕事だからと親に勧められたのならいざ知らず、
教職に対して散々な悪口を言いながら
同じ口で勧められた職業に、
なぜ高校生の私が、将来就きたいと思うでしょうか。

教員になったら、こんなに人から(少なくとも親からは)
軽蔑されるのか、と考えるだけです。

国立大しか、金銭的に出せない。
国立大の受験は教育学部にして
と、静かに母親から言われました。

金銭的にと言われれば
私も わがままは言えません。
国立大の医学部の受験は
不合格になるかもしれないから諦めて、
安全圏の教育学部に進学しました。




「私は医者になりたいけれど、
家のお金を全部使い切りたいわけではないよ。
将来自分のお金をためて、行きたいところに行くよ。
勉強はいつでもできるから」

と母親に話しました。

母親は、
「ううん、そんなことはすごく大変で難しいことだから
無理だと思う。」
と切り返しました。

今思えば、その言葉で、
私のことを応援してくれる人ではないことに
早く気がつくべきでした。

…でも、
毎日ご飯作ってくれるお母さんだったんだよなあ。







医学部は諦めたと言っても、
ひとつも受験しないのでは 諦めきれませんでした。
医学科も、実は防衛医科大学を受験したのです。
(受験料タダだから)

残念、不合格でした。

ただし、防衛医科大学の過去問は、
文科省管轄ではないからなのか、
普段解いている問題と だいぶテイストが違って
すごく面白かった覚えがあります。
トリビアっぽいというか、クイズっぽいというか。
どの科目もそうです。

今は、どうなんでしょうか?
不合格ではありましたが、
とてもいい思い出です。

そして、その受験が終わったら
もう何にもする気は起きず、
センター試験にしろ
教育学部の受験にしろ、
やる気ゼロでした。

基本、眠くて死にそうなのを、
自分の希望する進路のためだからこそ
今まで努力してきたのに、

行く気もない大学の入学試験のための勉強なんて
特発性過眠症と幻覚があるのに
できるわけないです。

それでも、教育学部は受かった。

地元の国立大に受かったと言って
親戚や、特に爺婆に喜ばれたけれど、
全然嬉しくなかったし、
まして親におめでとうと喜ばれたときは
怒りすら感じました。


私の成績は
前も書いたように
事実と違うことを母親によって触れ回られていました。
本人は医学部を受験するとか言っているけど
そんな成績じゃないから
本気にしないでくれ、と。

母親は、真夜中おそくまで、
電話で自分の姉に 私の悪口を言っていました。
(後で、それは姉である伯母さんを
慰めるためだったと弁解されました。
そういえば、そのこと謝ったことなかったわね〜、と。)

一緒に住んでいた3つ年下の妹は、
母親があまりに 私のことを悪く言うので、
本当に私のことを 勉強不足の馬鹿だと
思っていたそうです。

ところが、実際に妹本人が高校生になってみると、
進学校の勉強に 落ちこぼれずに ついていくのは とても大変。
(妹も、というか一家全員過眠症の気がある)
眠さも、尋常ではなく、
帰宅したらまず寝なくてはやってられない。
国立大の現役合格は、学科に関係なく
母親の言うような 努力不足でどうしようもない馬鹿姉貴では
入学できないと分かったそうです。

高校生になった妹は、
同じ状況で、毎日母親にあれだけ悪口を言われ続けたら、
自分だったら精神的にどうかなっていたかもしれないと
話したのだそうです。

私はそれを聞いたときに、
ずっと胸につかえていたものが取れた気がしました。
傷ついた、こんな思い出があったからです。

私の母親は、
かなり精神的に不安定でしたし、今もそうなのですが、
娘の私に当たり散らす以外に
落ち着く方法を知りませんでした。
病院に行くというのも まず考えられない、
精神病患者への偏見の持ち主です。

中学を出るとき、寮のある高専に進学して
家を出たかったのですが
父親が反対したため、母親も右に習えで反対。

(女だから高専はダメという理由。
父は自分が高専にいた頃、
周りの女性を学友として尊敬していない人物
だったのでしょう。)



そんなふうで
高校は家庭にいたのですが、

3年間をなんとか耐えてきた唯一の理由は

母親の攻撃の矛先が 自分に向いていることで、
母親から妹を守っていると思っていたからです。

ずっと、そのためだけに耐えてきた。

ところが、なんの話の続きでかは忘れてしまったのですが、
妹から、
「姉ちゃんがいるせいで、お母さんが変になる」
と言われてしまったのです。

ガーン ( ̄◇ ̄;) ガーン

予想だにしなかった言葉で、
人生最大の衝撃でした。

妹に対して悪い気持ちは起きなかったのですが。

ずっと、同じ家庭でサバイバルする
戦友みたいなつもりで こっちはいたけど、
向こうは違ったんだ…………




私は、
大学を決めるとき、
家を出て、残った妹は無事でいるだろうかと
心配でした。
家を出るのも、
とても後ろめたかったのです。

でも、妹の
「姉ちゃんがいるせいでお母さんが変になる」
発言のお陰で、
サッパリと家を出ることができました。

今では、感謝しているくらいです。


でも、あの頃の妹は、
私が本当に
母親の言うような馬鹿だと思い込んでいたわけで。

納得がいったのです。































































続きはまた明日。