胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

何か、負荷を感じて苦しみ始めている

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三日月がやはり好きなんですかね。

 

 

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なんせ、裏にも書いてますからね。

 

Precedents shall be built by me.

頑張って、

「先例は私がつくるべきだ」

と作文しています。

 

どういうわけでそんなに奮い起たなければ

いけなかったんですかね。

その辺りはあんましはっきり思い出せませんが。

 

ただ、この絵を描いた時期は

この眠気は

どう考えてもおかしいんじゃないかな?

という気持ちは芽生え出していると思います。

 

前にも書きましたが、

眠い眠いと愚痴っている友達ですら、

ムヒを額に塗れば起きられるそうです。

 

私は目の中にキンカン入れても痛いだけ。

それと眠気は関係ありません。

 

 

 

真面目な友人は

眠くなったら黒板の文字をひたすら写すことで

手を動かして目を覚ますと言ってました。

 

私は眠いとき身体を起こせません。

シャーペン握れません。

必要な板書さえ満足に写せません。

だから、困っているのです。

 

自分で言うのもなんですが、

わりと頭は良かったらしく、(そうでないと高校卒業できた説明がつかないのです。)

授業を聞けなくても成績はそんなに悪くありませんでした。

教科書読めば分かるからです。

英語なんか中学1年生1学期の授業しか受けてないようなもんであと全部寝てましたが、

試験前に出題範囲の日本語訳を友達にかりて

一回読めば丸暗記できました。

 

ナルコレプシー患者会を大人になって訪ねてみると、頭脳明晰な人にたくさんあいました)

 

 

ただ、高3のとき、手が動かなくなったときが

大ピンチでした。

現代文とか古典とか生物の暗記なら

意味を分かって頭で覚えられたので、

目だけ開いていればインプットが可能だったんですが、

化学の化学式の暗記が、

目で見ただけでは覚えられなかったんです。

 

化学式は、得意な暗記とはいえ、

手で何度も書かないと覚えられなかった。

理屈はわかるんですけどね。

 

だけど、

手に力が入らないんです。

紙にペン先を押し付けて、芯を擦りつけるのができないんです。 

腕を書きながら左から右に動かしていくことが

できないんです。

そうこうしてるうちに、ひとつも書けないまま

寝ちゃうんです。

 

 

そこで、期末か中間試験か何かで

数学に合わせて化学がズタボロになりました。

 

一応、化学式以外は正解できるから

47点だったのですが、

それまでずっと高得点をとっていた科目で

(計算問題はダメだけど)半分も取れていない結果になりました。

これを受けとって、私は

「チャンスだ」と思ったものです。

 

うちの家は家のことを全部母親1人でやっていて

父親は会社に行ってるだけだったのですが、

 

母親は私の大学受験のことや進学校の授業の内容がどんなものか分かりませんでした。分からない親なりに娘の自主性に任せるということもできない性格だったので、ネットの怪しげな意見を私に当てはめたり、しっかりものなよその家の子どもがやっている勉強法を私に強要したりしていました。

模試の結果も、決して悪くない結果をとっていたにもかかわらず、全体の見方が分からないために点数の低い数学の成績の偏差値をさも全体偏差値であるかのように父親に報告していました。

まさかそれを父親が間に受けているとは思いもよらず、あとで知って呆れてしまいました。

 

父親は、数学は自分の子どもだから生涯できるはずがないと言っていたらしいですが、

化学が47点なら、

私の話をきいてくれるかもしれないと期待したのです。父親は大学を出ていたので、高校化学の内容が分かるはずだから。

 

母親は化学の点が悪かったことを早速父親に知らせました。ここまでは予想どおり。

 

「どうかしたのか?」と聞かれたら、

今まで母親に訴えても何もしてもらえなかった

体調不良のこと、学校に行くのも辛いこと、家でも辛いこと、特に手が動かないことにとても困っていて、病院に行きたいことを伝えようと思っていました。

 

でも、その言葉はなく

点数が低いことを父親からただ馬鹿にされただけでした。

自分で勉強したいだのといっぱしの口を聞くからそれなりにやる気があるのかと思ったら、47点だと、ヘソが茶を沸かす。ただの馬鹿じゃねえか。

ということでした。

 

あの当時の私はファザコンというか、

父親がいない間に実父をかなり理想化して捉えていたみたいで、

母親に怒鳴られてもいつかきっと父親が分かってくれるはずだと信じて堪えているところがありました。

 

でも、この化学の試験のことをきっかけに、

父親への気持ちは大きく変わりましたね。

期待しないようになりました。

 

 

 

この両親は、娘が学校で倒れたと言っているのが

心配にはならないのだろうか…?

 

この両親は、今まで得意だった教科が

ある時期突然できなくなったことを、

おかしい何かあるとは

思わないのだろうか…?

 

ちょっと、この人たちに大事な決断を委ねるのは危ないぞ…

 

自分のことは、自分で守らないといけないぞ…

 

そんなことを、ぼんやり悟ったのが高3受験時代でした。

 

いつだったか忘れたのですが、

最近沈み込んでいるから、学校でからかわれたりなんなりしているのかと

父親に話しかけられたことがありました。

土下座して泣いて頼んでも進路の相談にまともに返事したことはなく、

酒を飲みながら私を馬鹿にするだけだったくせに、

娘がいよいよ弱ったときには、自分が原因とは思い当たらない人だったのかと思うと、

情けない親だなあと思ったものでした。

私は親の仕事の都合で幼稚園を2回、小学校を3回変えています。

いじめの心配をするタイミングはもっと早くなければ意味がないのではないかと

腹の中で思いました。