胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

きっと、誤解されて苦しかったのだろう

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Stop

They're innocent.(やめて  彼らは無実)

 

過眠症の体験談ばかり続いていてすみません。

特に、そうじゃない記事のときから読んでくださっている方にまで

辛気くさい記事を見せてしまって

本当にごめんなさい。

でも、あと1週間くらい続きます。

コーヒーの絵がなくなるまで。

相変わらず、文法ミスをしていますが。

 

 

私がこのブログを始めたきっかけの、

コロンビアさんのブログです。

特発性過眠症についてのブログです。

 

こちらのブログに出会ったころは、

まだ自分のブログを始める前でした。

 

できることなら、自分にもこんなブログが書けて、

今まさに辛い思いをしている人のために

役立ちたいものです。

 

コメント欄にもコロンビアさんへの相談が寄せられていますが、

コロンビアさんの回答は

力強く、暖かく、そして冷静です。

ご自身も試行錯誤しながら生活してらっしゃる中で、たくさんの方と繋がりをもっていらして

心から尊敬します。

 

私はとても人に想いを伝えようという気持ちは

起きたことがなく、

自分の身に起きたことを

誰かと一緒に整理する機会には

なかなか恵まれませんでした。

 

患者会に行っても、

「誤診されたとか言ったら後援の病院の先生が気を悪くするかな。」

「私は親が大嫌いだけど、患者会にずいぶんたくさんの親が来てるな。親の悪口言ったら嫌がられるかな。」

「自分よりも重たい症状の人が聞いたら、あんたなんかまだマシでしょって思われるかな。」

「辛かったことが多すぎて、とても言い切れない。」

 

と、心から打ち解けることができませんでした。

だいたい、患者会に行くと

辛いことがたくさん湧き出てきちゃって

いつもの働いているときみたいな喋り方できなくなるし。

もちろん、ありがたいですが。

 

 

病院のカウンセリングは

特発性過眠症のことを説明するのも疲れます。

きりがないし。

面倒くさくて、いっそ黙っていたい。

 

職場は相談にのってくれる好意的なところですが、

私にアドバイスをくれるわけではありません。

こちらの要望に対して、譲歩してくれるという意味での「相談」です。

薬の情報をくれたり、カウンセリングしてくれるわけではありません。

 

基本的に、過眠症患者は孤独なのです。

だって、

過眠症とはどんな病気なのか、

本当のところ まだ誰も知らない。

 

 

私のブログ2つのうち、

ひとつはメインブログの

新渡戸稲造の『修養』をゆるく読む」ですが、

 

記事数とアクセス数は

この「眠い!特発性過眠症眠すぎる!」ブログの方が多いのです。

百パーセント新渡戸稲造の言葉の方が

人生に役立つにもかかわらず。

 

インターネットしか頼る先がなく、

困っている人がいかに多いか。

心が痛みます。

私も最初、超くだらない記事を書いていました。

「どんなにくだらないことでも、書くのは私の自由だ!」

「辛いこと聞いてくれる人なんてどこにもいないじゃないか。だったら、くだらないことだけでも書かせろ!」

という思いがこみあげ、ブログを書き出しました。

他の人の相談役を買ってでるのは

コロンビアさんはじめ、ネット上で情報交換を呼びかけている方々が構築した

希望の塔がすでにたっていたので、

私は積極的にせず、

むしろ、こんなにほのぼのやって旅行もして夫婦2人で仲良くやってる人がいますよ〜みたいなのが

単なる跡として残ればそれでいいと思ってました…

 

ところが、最初はそれだけでも

抵抗がありました。

 

「題名に過眠症って書いてあるから読んだ人が、読んで役に立たない記事だと知ったらどんなにがっかりするだろうか。」

「ただでさえ怠けだなんだと誤解されて、みんな辛い思いをしているのに、症状が比較的軽い私のブログを読んだ人が、過眠症は日常生活に支障がないと勘違いしてそうじゃない人に必要な支援を滞らせたらどうしよう。」

 

でも、ちょっとずつ、

意識してその気持ちを溶かしてきた。

書いてて楽しくなってくるように。

 

記事を書くと、

記事の内容がショボイのに検索で間違って

このブログにたどり着いた人への申し訳なさ。

一方で雑記に付き合って下さる方との

出会いがあり、

ときにコメントまでもらって、

とても嬉しかったです。

 

日常的なことを書くときに、

もっと突っ込んで書きたいのに書けない

もどかしさを感じるようになった。

 

過眠症について知っててもらえないと、

通じない出来事。

 

過眠症だから選ぶ決断。

 

雑記で書いている日々の幸せも、

過去に何を乗り越えて、

現在何を乗り越えられない今の、幸せなのか。

 

 

なんといっても、悔しいのが

 

過眠症について知っててもらえないと、笑えないネタ。

 

最初は

同じ患者仲間に読んで共感してもらいたかったし、

自分が毒だったり、愚痴だったりを

吐き出したいためだけに書いてきた。

 

でも、

楽しんで読んでくれていると言ってくれる人は

必ずしも患者仲間ではなかった。

だったら、

過眠症がどんな病気なのか、

私が伝えたいように伝えたい。

 

薬や病院の正確な情報とか、

最新の治療研究のこととか、

調べて伝えるブログは目指さない。

 

私が書きたいように、過眠症のことも書く。

違うと思った人からは、

どう思うか教えてもらって仲良しになる。

 

のほほんと生きてきて

順風満帆にやってるわけじゃない。

傷ついた心は自分で癒そうといろいろ試して、

失敗しながら今がある。今だって、そこそこ辛い。

一度、

いつも、心配かけている職場のチームで、

過眠症のことを自分から笑い話にしたことがある。

そのほうが次から相談しやすくなるかなとか、

仲良くなれるかなとか、

心を開いていると思ってもらえるかなとか。

そういう思いがあったんだと思う。

 

やってみたら、やっぱ辛かった。

 

辛いことを伝えてないのに、

可笑しくて笑っちゃうことだけ言ってさ。

ウケたんだけど、嬉しくならなかった。

 

だから、

辛くても過眠症のことを、

もっとアウトプットしなくちゃ。

楽しくないことも、

いったんは記事にしよう。

 

楽しい記事の方が好きだけど、

楽しい記事を書くのを邪魔する原因を追放しよう。

 

他のブロガーさんたちのイラストに癒されながら

楽しんできたはてなブログ

 

自分もイラスト描いたら楽しそう。

 

でも、私にとって絵といえば、

言葉にできない辛い気持ちを

親に隠れて描いたコーヒーの絵が

切っても切れない関係にある。

 

まずは、このコーヒーを吐き出そう。

文法ミスで違う意味になっていたとしても。

(上の絵、そのままだと

    やめて 彼らはお人好しです。…になる。)

 

そうやって、

下にスクロールするのも面倒くさいような記事を

最近書き始めた。

 

そうやって、

初めてブクマ付けてもらいました。

しましまさん、ありがとうございます。

 

自分のブログにブクマがついた嬉しさ以上に

過眠症に誰かが関心をもってくれたことが

さらに嬉しいのです。

多分、私じゃなくても他の患者の人も嬉しいと思います。

 

みんな誤解されながら

学校通ったり

仕事行ったりしてるのです。

 

私も、

一生懸命  倉庫の掃除に時間をかけた日

事務所に戻って、上司に

「寝てたんでしょ(正直に言ってごらん)」

と言われ、

寝ていませんとできる限り穏やかに言ったつもりでも、なんだか強情を張って認めなかったみたいな雰囲気にのまれてしまったことがあります。

 

その頃は、ナルコレプシーを検索して出てくる記事に

「眠いのでトイレで寝ている」という体験談が上位にヒットしました。

私には、上司がそのコメントを読んだことが

すぐにピンときました。

誤解のきっかけはその掲示板です。

もちろん、そのコメントを書き込んだ人は

何も悪くありません。

むしろ当時は、

過眠症の人が自分の他にも存在するという情報だけで、充分に患者の心の支えになっていたのです。

 

こんな辺境の

PVろくにないブログであっても、

誰がどんな理由で読むかわからない。

どんな影響をもたらすかわからない。

責任を感じることがあります。

 

でも、

まだ続けたいです。