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眠すぎる! 特発性過眠症 眠すぎる!

2017年からは過眠症は関係なく旦那の行動観察と自分の気分を書きます。特発性過眠症の方は、記事の内容に関係なくコメント下さい。お友だちになりましょう。

断捨離できない心を受け入れる

断捨離ブームって、

最初の出どころはどこなのでしょうか。

私は自己啓発流行本   大好き人間ですが、

マインドフルネスと断捨離に出会ったのは

書籍やマスコミ経由ではなく、職場でした。

 

私は 初めて社会人になったとき、

傷ついた女性が一時期安全に過ごすための施設で働きました。

そこは私物を自由に持ち込めない施設でしたから、

そこで生活するためには、

いったん持ち物を預けなくてはなりません。

女性らは、職員に荷物を預けて、

貸し出されたわずかな、しかし生活できる品物で

何日も宿泊します。

 

なんのために、そんなことをするか、説明するのは難しいことです。まるで、施設の運営者がしみったれてると思われそうです。

でも、断捨離に成功した人ならば

分かるかもしれません。

はっきりと教わったわけではなく、

私の考えですが。

 

自分の物をいったん手離し、

最低限  必要な物だけで生活することで

擬似的な断捨離をすることになります。

 

これ、いらなかった…

これももう、捨てていい…

大切にしてきたけど、今の私はなくても大丈夫。

 

小さいけど、

大きな気づき。

このセンサーを研ぎ澄ませるために、

きっと、あの施設は私物を禁止し、

物品を制限しているのでしょう。

 

大げさではなく、悪い人との縁をきるのも、

違法な習慣や品物を断ち切るのも、

身近な物品を手離す訓練をすることで

誰にでも必ずできるようになるのです。

あれ無しでもやっていけるじゃん、という成功体験を積むのです。

 

 

自分の管理の行き届く分量の物品を大切に使い、

完全に把握する、つまり支配しきる心地よさが、

環境に振り回されすぎて疲れた心に

自信のたねを撒くのです。

 

ところが、

手離すことで幸せになるなんてことは、

自分で実際に試して実感した人にしか分からないこと。

物をもつほど豊かだと思うままでは、

その意図が理解できません。

単に時代遅れな規則を引きずっているなどと

誤解されてしまうのは、本当に残念なことです。

 

 

彼女らと一緒に過ごして、

一貫して

気づくこと、手離すことを

応援してきました。それが仕事だったのです。

そして、再び立ち上がることのできた人は、

物も心も勇気を出して

手離せた人でした。

 

マインドフルネスで座るよりも

資格試験の勉強をした方がいいのではないか。

 そう考える人もいましたが、

資格や持ち物を増やすのでなく、全てを手離すのが彼女たちの幸せだし、私の幸せも同じ。

本当の自立は手離す先にあります。

 

結婚し、 

その仕事を離れて、新しい場所に慣れたいと思い、

断捨離の考え方も捨てました。

結果は苦しみしか生みませんでした。

持病は扱いにくくなり、アレルギーも増え、

病気がちになり、気持ちは絶えず不快でした。

 

もう、ここで頑張ろうとするのはよそう。

仕事を辞めたいと、稚内旅行中旦那に言いました。

 

 この数日間、

思い切っていろいろ捨てました。私は仕事の道具が家にあるのは大嫌いです。初めの職場で、そういうのはダメだと躾られているし、自分でも嫌なんです。

 

楽しくて仕方ない。

寝室と台所は全くの別空間になりました。

 

今日の午後、何も置いてない畳の上で

タオルケットを掛けて4時間昼寝をしました。

過眠症で良かったとおもいます。

起きてからベランダの床を洗いました。

 

 物を減らすには、自信というか、勇気が必要ですよね。断捨離って、仏教の言葉だし、修行のひとつなんだと思います。

迷って捨てられない物がたくさんありましたが、

そういう自分の心の凝りに気がついて、

変化に敏感になることが大切なんだと思います。

だから、ミニマリストだったらとっておくはずないものがまだまだたくさんあるけれど、

昨日よりも綺麗なら、これでいい…

 

部屋の美しさを人と比べたり、捨てるかどうかの判断を誰かに任せないで、自分でやる。

居住空間が心地よく保たれていることも大切だけど、

そこへ到達するまでの道程も私にとって大切。

施設で働いていたころ  やっていたことに

立ち返る感覚です。

 

今は子供対象の職場に転職したので、

与える、与える、教える、教えるの連続です。

より多く与える努力をし、

より多くの準備をし、

より楽しい時間を作り続ける…

 

うんざりしてしまいます。

例え子供たちが喜んだとしても、私の幸せはシンプルでストレスのない生活。

自分の時間まで仕事の価値観で埋もれたら、

心のバランスが崩れてしまう。

子供たちが嫌いなのではありません。

仕事の基本的なやり方が自分の人生観に逆行するから苦しいのです。

 

結婚と転職してしばらくが経ちましたが、

いまいち生活がしっくりこないままでした。

 

一人暮らしのときにしていた幸せな時間が

ひとつ減り、

ふたつ減り、

ひと息つく瞬間が気づけばなくなっていました。

誰から禁止されたわけでもないのに。

 

アパートの間取りの変化や旦那の生活習慣の影響、

仕事の変化の煽りによるダメージに

自分が頓着しなかったことが悪かったのです。

仕事が変わると、服装もまる取り替えしなくてはなりませんでした。

それに伴い、シャツやブルゾン、ズボンにじっくりアイロンをかける時間も、革靴を磨く時間も無くなりました。

それは私にとってかけがえのない時間だったし、1日の行動を振り返って疲れを癒し、心身を回復させるための習慣だったのに。

 

ベランダで外を見ながらトーストをかじったり、

紅茶をポットから注いだり、

鏡の前でダンスの練習したり、

畳で寝そべってくつろいだり、

入浴剤をいれて長風呂に浸かったり。

 

休日の楽しみ方まで、失っていました。

 

こういうことが好きだったことすら、

忘れていたのです。

部屋を掃除しながら思い出したんです。

 

今はベランダに素足で出られるし、

鏡の前に邪魔なものも置いてないし、

キッチンの作業台が空いている。(しかも、水素水あるから水出しできる。)

今日畳で昼寝したみたいに、すぐにできる好きなことがたくさんある。少なくとも、その空間は確保してある。

 

以前やっていた趣味を復活させたり、

仕事を楽な配置にしてもらったり、

自分が安らぐようにいろいろ試したけど、

どれも僅かな効果しかありませんでした。

 

ここ数日間の自宅の部屋の変化が、

自分の生活を満足できる方向に導いてくれるといいです。