胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

YouTubeをテレビで見るのを覚えてからカウチYouTubeしてる

自分、パラレルワールドとか、

精神分析のこと

ブログに初めて書いてから

 

もう1年くらいたつんですね…

感情のありかは身体の外 - 胡蝶のオラクル

 

 

 

なんか

あの頃は

「変な人と思われる」って

ためらってたけど。

 

もう、

いいです。

 

ブログだし。

知ってる人が見てるわけじゃないと

思いつつ

ツイッターのフォロワーさんは

読んでくれてるみたい、、

 

それでも、

変わらずおつきあいをしてくれてるのだから。

変なことを書き続けようと思いました。

 

 

 

それに、

変な人と思われるも何も

実際にアタシ変だって考えた方が

いろんなこと辻褄合うし。

 

 

 

 

 

 

 

最近気になってるのは

量子の話です。

 

 

スパ系の本で

パラレルワールドがあるとか

書いてあるの

聞いて、

 

自分でも

生徒の家庭環境みたいなのは

自分の手で動かせるもんじゃないから

パラレルワールドとか

自分が家にいて遠隔で

動かすんです。

詳しいやり方は上手に説明できないけど

要するに、

1教員が勤務の範囲でできないことは

意識で働きかけて

半自動で

解決してもらうんです。

事件とか、事故とか、

めちゃくちゃな家庭環境とか。

病気とか。

時間はかかるけど

かなりごじれた事例が舞い込んでも

できないことはないと思ってます。

 

でも、

パラレルワールドでやったことには

残業代とか、評価とかがないので

そこが残念です。

 

まあ、でも

教員は

パラレルワールドじゃなくて

普通に学校で働いても残業代でないんで

あんまし変わんないですね。

 

 

普通に目で見てるところで働いても

そんなだから、

まして

パラレルワールド

見えない力で働いてても

誰にも褒められないって感じです。

 

でもまあ、いいですよ。

褒められるためにやってるわけではないし。

 

 

 

 

 

 

そんな感じで、

私は

オカルトを

利用しているので

疑うってよりは

「だよねー」感があるのですが

 

全然その感じ掴めない人は

どんな風に感じるのか

逆に興味があります。

 

そういう人と

一緒に働くと

話が通じません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関係あるかないかわからないのですが…

自分の感覚では

似た感覚なんですが。

 

 

 

 

物理の動画を最近見たら

ちょっと面白いのがありましたドキュメンタリー 2017: 第13回 素粒子で探る宇宙の謎 - ドキュメンタリー テレビ - YouTube

 

他にもたくさん動画があるけど

私が見たのはたまたまこれでした。

 

 

 

これは一般向けの普通の物理の講義なんですが

これの、講義が終わってからの

質疑応答の

2:10:10あたりからの

回答が面白かったんです。

 

 

私もよくわかんないけど、

ぶつかって、2つに分かれたものが

それぞれ消える時、

同時に消えるとは限らないって話を

しているようです。

 

でも、

消える時に

昔自分と一緒だった片割れが

消える時、

すでに別々に分かれているにもかかわらず

もう片方が「消えた」ってことが

わかるらしい?って話らしいです。

 

 

 

EPRパラドックスって言葉が出てきました。

 

googleでワード検索しました。

なんのことかさっぱりわかりませんが

 

なんとなくロマンチックだと思ったんですよ!

 

 

 

 

 

ロマンチックっていうのは

勝手な感想だけど。

 

 

 

 

でも、宇宙の果てと果てでも、

粒子と粒子が関わり合いをもってるのが

科学でわかってるんだったら

 

 

自分がちょっと動いたことが

別の部屋の誰かに影響があるってのは

そんなに信じられない話でもないなあと

思いました。

 

 

 

 

 

で、よく言う

引き寄せの法則

波動をあげるってのも

 

 

自分と隣の人が

おんなじ釜の飯でも食ったようもんなら

おんなじ由来の粒子をもってるかもしれないし。

 

私が家で機嫌よくいることが

山や海にいる人の機嫌を

よくすることだって

絶対にありえないわけじゃあ

ないかもしれないね!

 

無視できる程度かも

しれないけど。

 

 

 

そしたら

みんなが楽しければ、

楽しくなる順番が最後の1人になった人も

楽しくなるんじゃないかなあ。

ヴィパッサナ瞑想をちょっとずつしています

ヴィパッサナ瞑想を

し始めた。

 

マインドフルネスとは

少し違うみたい。

お祈りと瞑想は別。 - 胡蝶のオラクル

新しい経験。

 

 

 

 

星占いの講座の人が

瞑想も指導できる人だったから

勧められてやってる。

1日に10分から30分くらいです。

 

マインドフルネスをやってた時よりも

もっとシンプルみたい。

両方とも体感を研ぎ澄ますのだけど

研ぎ澄ます方法が少しだけ違うのかな。

それとも、

私が初心者だから

違うように思えるだけで

根は同じなのかな。

 

 

とにかく

今は、昔の瞑想のやり方に

執着しないで

今、出会ったやり方を覚えて

集中しようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィパッサナ瞑想に取り組んだ

感想を生徒用の掲示板にコメントすると

コーチ役のキャラクターがお返事くれるの。

星と心がつながる講座

(最初は無料の星占いのコースだけだったけど

後で、もっとたくさんあるやつ申し込んで

頑張ってやっている)

 

 

 

私は

ついたくさん感想書いちゃう。

長くなる。

その、書いてる間も

自分のことを分析し続けていて

考え続けている。

 

 

 

 

私、

「気づく」ことにこだわりすぎて

 

たくさん「気づく」のがいいことだと

勘違いして

 

より多くの言葉を使って

気づきを記憶に留めようと

していたのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

瞑想に限らず

いろんなことを

分析したり、表現に変えたりして

生産の材料にしようとしていたのかも。

 

 

それのおかげで

ブログも書けるから

いいことなんだけど、

でも一長一短で。

 

刻々と変わる変化に

言葉の表現や記憶ってついていけないから

 

どこかでそれをやめて、

見て終わりにして次々と手放すのを

やろうと思う。

 

 

 

見えたものを、

思い出しやすいように意味付けようとか、

体験を再現しやすいように言葉にしようとか、

 

そういうのも手放して、

ただ見て終わりってするの。

 

 

 

 

 

「今の呼吸は冷たかったぞ!」

っていうのも

厳密には

今じゃなくて過去だから

そのスピードについていくの。

今、今、今、今、今、今、今、今、今

 

みたいな。

 

そしたら

感想書けなくなるかもしれないけど

それでもいいの。

 

感想書くのが

瞑想の目的じゃないから。

過去を、創る。未来を、思い出す。今を、見る。

前世を思い出していて、

「思い出す」って

過去のこととは限らないんだって感じた。

 

 

 

なんか、

確信ある未来を知るときって

「思い出す」ようにピンってなる。

 

 

すでに知ってることを

引き出しから出す感じ。

 

予想するのとは全然違う。

予想は、

今や過去の事実や仮定から

理論を組み上げて構築された

不確定なことを、

構築の精度を上げることで

事実に近くすることで、

どんなにやっても

実験とかその時まで待って

事実と合うのがわからない限り

近似値までしかわからないけど、

 

思い出すのは、

知っている、確定していることを

理由もなく、そうだから

思う。

 

 

 

 

夢とか。

直感とかで降りてくる。

 

 

自分にだけ分かるから

他の人には証明できない。

 

証明するなら、

一緒に予想しないといけない。

でも、

未来世とかは

やっぱし近似値までしかわからない。

未来世になる前に

死んじゃうから。

 

 

 

でも

自分だけがわかってたら

いいようなことしか

今のところわかんないから

それでいい。

 

 

 

 

 

 

思い出すのは

未来とか過去とか関係ない。

 

未来でも知ってたら思い出すし、

過去でも覚えてなくて知らないことは

予想する。

(ここで支払いしたから家から財布を持ち出したはず…みたいなのは思い出してるではなくて論理で想像してる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもね、

変なの。

 

 

未来の方が、思い出すの難しそうでしょ?

 

なのにね、

未来の方が、簡単に思い出したの。

夢とか直感で自動的に思い出したの。

努力してなくても勝手に教わったの。

 

 

 

 

 

 

 

前世を思い出す方が

ずっと努力が要った。

直感オンリーでは分からなかった。

 

シータヒーリングの人に

お金を払ってリーディングしてもらって

ピアニストだったことを知ったし

その前に自分でピアニストの小説を書いてた。

 

石工のエピソードの紙切れを

保管して何度も読んでいた。

 

 

そして、

詳しいこと知るためには

自分の中の世界観を広げないと

いけなかった。

 

 

 

 

なんか、

「過去を創る」

って言う方が

「思い出す」よりも、近い感じがした。

 

 

「未来を創る」

ってよく言うけど、

過去も、創るんだって気がした。

 

 


 

 

 

 

 

直感で未来を思い出して、

行動で過去を創る。

 

行動が過去になり

直感で未来を創る。

 

 

両方、なんだ。

なんか、わけわかんなくなりそうだけど。

 

 

 

 

 

 

もっと直感が受け取れるようになったら

未来世がわかるのかな。

 

 

もっと行動したら

過去世がわかるのかな。

 

 

なんか楽しみになってきた。

 

 

 

 

 

 

 

でもね、これからは
夢や直感だけじゃなくて
体感を研ぎ澄まそうと挑戦しようとしてる。

でも、体感を研ぎ澄ますのって

要するに行動だ。

 

今まではでっかい行動をしていたけど

これからは微細な行動をしようと思っている。

 

呼吸とか、微細な動きをして

身体の感覚を見るの。

 

 


そしたら、
もっといろいろわかると思う。

私の過去世の中で最も徳を積んだ一生。石工②

私の過去世の中で最も徳を積んだ一生。石工① - 胡蝶のオラクル

自分が石工だった頃の

前世の記憶を取り戻し

その一生にどんな意味があったのかを

 

自分の霊に聞きました。

自分の直感に降りてくる形で

教えてもらいました。

 

 

 

 

 

石工は、

孤独と忍耐を学んだ。

その学びは

人生の前半で充分達成された。

 

女性が死んだ後も

自分の仕事を続けた石工は

神様から

次の仕事を与えられた。

 

 

 

地蔵の魂

(石仏ではなくて、本物のお地蔵様の魂)のうち

石の身体を欲しがっている者に

肉体(要するに石像)を提供する仕事を

与えられた。

 

 

お地蔵様になりたい魂は

石工の通りがかる道の石に入り

地蔵にしてもらうのを待った。

 

石工は、地蔵を彫り

地蔵の多くは盗まれていき

盗まれた先で働いた。

 

石工の生活は

神様によって完全に保障された。

 

あるとき

石工は、

石仏を納める予定だった寺の住職が

突然行方不明になったとき、

馬鹿正直に

石仏の納入のために住職に会おうと

寺に何日も通って待っていた。

 

 

檀家はほとんどおらず

通りがかる者が寄っていく寺だった。

 

石工は寺に通いながら

体力が衰えるまで

石仏を作り続けた。

 

寺に来る人は、

老いた石工を住職だと勘違いした。

お互いに世話を焼いているうちに

石工は寺の管理者になり

お布施?というか、お裾分けをもらって

暮らした。

 

 

 

 

孤独な人生だったけど

最後は立派な住職だと勘違いされて

近所の人と繋がりをもっていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この人生で

私は、孤独と忍耐を学び、

石仏を高級霊に提供したため

多くの徳を積んだらしい。

石工の頭の悪さとセキュリティの甘さは

この目的を達成するために

生まれる前から設定されていた。

 

予定通りの使命を

よく果たした見返りとして

神仏に

老後の面倒をみてもらったようだ。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、

この石工の人生を

次のように解釈するのは

間違いだと念を押された。

 

 

「石工は、

孤独と忍耐を強いられたが耐え、

無知のため作品を盗まれるなどの苦労をし、

その経験を生かして人格をあげ

徳のある住職になった。」

↑これは、間違い。

 

住職になって徳をあげたのではなく

本来の使命である

石切り、石彫りをしたことが

もっとも重要な役割で、

精神的な価値なんだよ、と。

そのお礼に神仏が

「僕たちの身体作ってくれたから

僕たちとお布施を一緒に食べよう」

と言って、

そのとおりの流れができて

石工は老後に

飢えずに済んだけど

人生の目的は住職になることでは

なかったんだよ、と。

 

住職=スピリチュアル

ではないよ。

石彫り=スピリチュアル

だよ、と。

 

 

 

そして、

孤独から愛を学び、

貧しさを恐れないことを学び終えた石工は

次の人生では

とても栄えた家の家長になっている。

この時に、飢饉があって

自分の家の蔵を開放してたくさんの村人を

飢えから救ったので

この時のいい意味のカルマがまだ残ってて

今世の私も強運であるとのことだ。

私の過去世の中で最も徳を積んだ一生。石工①

自分ではない人物の生涯に

並々ならぬ親近感や懐かしさや、
自分自身であったかのような
感情がわきおこるとき、
関係ないのに涙が溢れてくるとき、



それは過去世と
関係があるのかもしれない。





私には
長年手放せない
大切な紙片がありました。
もう捨てました。
でも、忘れませんでした。

あれが一体なんなのかわからないのだけど
本か家庭用教材に挟まれたチラシで
ある男性が書いたエッセイ…というか、
なんというか。
とにかく文筆家ではない人が書いた記事。
人生の回想記録みたいなもの。
A5くらいのチラシ。
書いた人の名前もない。



中身を要約します。

子どもの頃、
親の決めたところに弟子入りして
墓石を作る職人になった。
独り立ちする頃
石を切るのは全部、機械でやるようになり
血豆をつぶしながら修行して身につけた
ノミの石切り技術は
意味をなくした。
別の商売に手を出そうとしても
ノミで石を切る以外のどんなことも
頭の悪い自分にはできなかった。
どうやって生きていけばいいのか
毎日途方にくれた。
ノミで石を削るしかできないから
墓石の代わりに地蔵を彫ることにした。
売り方はわからなかった。
ある日、
置いていた地蔵の前で
中年の女性がひざまずいて
手を合わせていた。
寄ると、
死んだ我が子に瓜ふたつ。
やっと、逢えたね。
と言ってむせび泣いていた。
そして私に
「ありがとうございます。
ありがとうございます。」
と何度も言った。
帰宅する間、ずっと涙が止まらなかった。
お礼を言いたいのはこっちの方だ。
やっと一生の仕事に逢えた。
石は、人の考えるそのままの形には
彫ってもらいたがらない。
石をじっと見ていると、
自分はこういう顔になるんだ、
こうやって彫ってくれと
向こうから話しかけてくる。






このチラシを読むと
最後のところだけじゃなくて
修行をしているところや
石切りが機械化されたところから
涙が止まらなくなりました。
何度読んでも、やっぱし何度も泣けてきて
そして
この人とは別の人格が
頭の中に作り上げられていきます。

この記事を書いた人ではなくて
(書いた人はまだ生きてるんだから、
私の前世ではないわけです)
非常に似た人生を送った人物が
思い出されてくるんです。







私も、石を切っていた。
城が出来上がると、次の仕事がなくなった。
確かに、地蔵を彫っていた。
売れずに、盗難にあっていた。
この人と同じように、女性と出会った。
女性は死産を繰り返すので
前の夫と離婚していた。
私はその人と暮らし始めて
その女性はすぐに妊娠した。
彼女はものすごく喜んでいたけれど
出産と同時に母子ともに死んだ。
その2人の姿も彫った。
それも、盗難にあった。
ずっと一人で暮らしていて、
たった一年だけその人と一緒にいた。
そのままずっと地蔵を彫っていた。




ああ、そうだ。思い出した。
だから、私は石が好きだし
道端の石仏や石碑が気になるんだ。

そして、妊娠することがとても怖い。

死んだ後に会う光の球と私の最終形態は同一なのか

 

死んだら、光の球に会うんだそうだ。

 

で、そういう本を読んだし

そういう本についてる誘導瞑想で

確かに光の球体に会ったから

 

そういう人の言ってることが

嘘だとは思ってない。。

 

 

 

だけど

自分が

「これはずっと先の未来の私だな」

「私の魂の本体だな」って感じる球体は

 

光の球体じゃなくて

水の球体っぽいんですよ。

 

そこが

他の人の言ってることと

自分がしっくりくることとで

違う。

 

 

 

 

 

他の人たちの本とか動画だと

自分たちの魂は

太陽のような光の球から出た

ひとしずくで、

一生を地球で終えると

光の球体に戻って

学んだことを本体に提供して

で、

また次の魂の粒になって

新しい肉体に宿って

人生をスタートするらしいんですね。

 

 

図1みたいに。

 

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でも

私の頭の中にある世界観では

魂の本体というか命の元が

水でできてるし

光ってはいるけど

ライトアップされた噴水みたいで、

太陽には似てない。

 

 

 

 

一応、

太陽みたいなのも

瞑想してたら見えたけど。

別に

心地よくないというか。

一体感はないというか、

隣の会社の偉い人みたいな感じ。

 

逆らったりはしないけど、

私のホームって感じじゃないというか。

 

 

 

 

 

よくわからない。

 

 

 

 

 

 

これは仮説だけど、

光の球体は

おおもとの神さまとか

唯一の神さまとかって

呼ばれているものだけど

 

実は

もっとたくさん球体はあって

光の球体にも

いくつか種類というか

友達とか兄弟が

いるのではないかなあ。

 

 

 

 

それで、

光の球体が本体の人は

「魂の本体は太陽のような球体ですよ」

って言うの。

 

で、

私の本体は

水の球体というか

池みたいなところだから

魂の本体は水の球体に感じられるの。

で、

その泉のことを

スーパーZENちゃんって呼んでいるの。

自分1人にとっての

大いなる存在だから。

 

 

 

 

 

大いなるものを

空間として感じる人と

光として感じる人と

泉として感じる人と

その他いろんなもので感じる人がいて

 

同じものとして

捉えても

問題は起きないんだろうけど

 

今の私は、

どうやら違うもののように感じる。

 

 

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水も

光の粒でできてるから

結局は光でできてるのと同じでしょって

話にもなるんだろうけど

 

そういう理論上のこととは別に

水は水で光とは別の

独立した

エネルギー体のように感じる。

分け与えてもらってるものは

文字どおりの水分子ではないと思うし。

 

 

水も光で

できてるんですって言われれば

それまでなんだけど。

 

前世というか、未来世というか。今世の霊もいる。

セラピストさんから

教えてもらった前世は

ピアニストと、学者の2人です。

 

 

 

この2人が今世の自分に与えた影響から

逆算して

他の転生を

自力で思い出しました。

 

 

ピアニストと学者ですが

ブルグミュラーアインシュタインのように

印象に残っている人物や

小さい頃伝記を読んだような人物がいて

職業や生い立ちや生き様が

似ていることがあります。

 

本人ではなくても、

「なんとなくそういう系の人」

 

 

一休宗純を中学生の時に

かなり入れ込んで調べたので

自分が

変な僧侶であった可能性も高いでしょう。

 

 

 

 

 

 

それと、

ロシア語を自習しているように

変なものに首を突っ込んでいるのも

パズルのピースである可能性があります。

 

思い当たるのは

ロシア語、スペイン語、ドイツ語。

 

多分、

覚えやすい言語があるのは

色々なところで生まれているからだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

過去世は

自分がなぜか、これこれできるとか、

なんとなく関わりがある気がするとか、

そういうのでわかることが多い気がしていて。

 

逆に、未来世は

強く印象に残っている夢とかでわかる。

それは夢と呼ぶようなものじゃないのかも

しれないけど、

要するに寝ている時に見る夢です。

 

あくまでも私はそうだったってだけで

他の人は別の方法でわかるのかもしれません。

 

 

 

 

自分だったら、

前に記事で書いた

真っ白けな粉煙の世界に

名古屋駅のナナちゃんみたいな

巨人がいた夢とか。

 

あれなんか

地球じゃない場所にいるような

感じだし

絶対に過去の記憶が作ったんじゃないと思うから

転生の一部だとしたら

未来世だろうなって思う。

 

 

それと

自分の手から水が湧き出て

集まって来た火傷した人に

飲ませてあげる夢。

これも、そういう大それたこと

今の自分にはできないし

すっごくすっごく魂が成長した後の

未来世だろうなって思う。

便宜上、この魂の塊を

「スーパーZENちゃん」って

名づける。

 

このスーパーZENちゃんの正体は

なんなのかわからないけど、

洞窟の中にあって本体は動き回れないこと

集まって来た人は、水を飲んで死んじゃうけど

そのあとまた生まれ変わること、

夢の中では喋ってたけど、本物は喋れないこと

他の機会に与えられた情報からわかっている。

 

 

 

スーパーZENちゃんもずっと未来の私だけど

蘇らせてもらっている焼けてる人も

ずっと過去の私で、地獄から帰ってきた人で

だから

人様と比べて私が偉いとか偉くないとか

そういうことではないようです。

 

 

 

 

 

それと

最近

観音様のお名前をお借りして

私に啓示をくれた霊も

悪い霊じゃなくて

そこそこ良い霊らしいのだけど。

(疑ったら勘弁してって言われた。いちいち観音様のお名前を借りると手続きが煩雑になるらしい。すっごい要約すると、観音様だけじゃなくて、そこまで大したことない自分くらいの霊の言うこともあんたの考えよりは上だから聞けって言われた。それを、もっと荘厳な言い方で言われた。)

 

彼(だか、彼女だか)も

一応、私の未来世らしくて。

 

だけど、私が死んで生まれ変わった

後の私ではなくて

ほぼ同時進行で存在している

私の霊らしい。

 

(見た直後は

観音様だと思っていたけれど

その後に降りてくる話によると

あれは観音様ご本人ではなくて

私の魂の一部が

私とコンタクトを取るにあたって、

観音様のお名前と姿とイメージを

お借りしたらしい。

観音様ご本人?はお忙しいので、

これからはむやみやたらに呼びつけるな、

恥ずかしい奴みたいな反応をされた。

ただ、とってもありがたいことに

観音様は上司みたいな感じで、

要するに仲間というか味方であるらしい。

そして、自分は

神さまの下働き要因に認定されているらしい。

とっても嬉しいことだ。

でも、私が特別に選ばれたわけではなくて

例外なくみんなが神さまの一部らしい。

で、私がそれを腑に落ちたのが最近だから

振られる仕事が具体的になったらしい。

この霊と観音様の、どっちが偉いとか偉くないとかそういうことでもなくて、ランクとか関係なく観音様はとにかく自分と別人なんだから今後は観音様に変に馴れ馴れしくするなって話らしい。でも、啓示をくれている霊は、私本人だから言いたいこと言っていい程度に対等らしい。)

 

 

 

 

時間の理屈がよくわかんないんだけど

とにかく

生きてる私と

コンタクトが取れる次元にいる、霊?

 

 

 

すごく説明しにくいのだけど

この魂は

人生100年とかじゃなくて

もっとずっと長生き…

というか、霊だから

「長死に」していて

霊としての人生が1000…年くらいあって

(具体的にどのくらいなのかはよくわからない)

 

その一部の時間が

今世の私の人生100年くらいと

かぶっているらしい。

 

 

だから、

過去世でもないし、

未来世でもないし、

過去世と未来世の間でもなくて。

 

今、現在進行形で死んでいる部分の私…。

で、魂の大きさ的には

死んでいる部分の方が分量が大きくて、

生きている私の中に入っている魂のカサは

この霊に比べるとちょびっとらしい。

 

 

 

で、

さっき話していた

ピアニストとか、学者だった時も

かぶってたんじゃないかと思うんだけど

その辺りのことはまだよくわかんなくて

 

 

 

 

とにかく

その私の霊にとって

このブログ書いてる私は、

何かするのに一部が生きてる方が便利だから

この人の都合で

自分の魂の一部を生かしてるってことらしい。

 

 

だから、

その自分の霊が

なんで私を生かしているのかが

私の魂の使命ってことになるんだけど

 

わりとあっけなく教えてもらえて、

(むしろ向こうの都合で知らされて)

 

(もっと続きがあるのかもしれないけど)

自分の人生の目的に悩んでいた私は

戸惑っているけど

一応

ブログにこのように書いている。

 

 

 

で、

こちらが戸惑っていることとかも

からしたら

あんまし気にならないようで

例えば

啓示から次の啓示まで何年かかってても

からしたらあんまし長く待たせた自覚がないらしくて

(草花の水やりとかがちょっと間あいた、みたいな感覚らしい。自分で勝手に生きててね、的な。)

 

今回みたいに

たくさん啓示が来ても、

向こうの人にとっては

ジョーロに水余ったから最後の鉢に全部入れたわ程度の感覚らしい。

 

 

 

だから、

反対の立場からだと

私が何かの啓示を受けて

霊に

「これこれをやりなさい」とか言われても

そんなにすぐに実行しようとしなくても

いいらしい。

 

こちらが焦って早めた時間程度のことは

霊にとってあんまし関係ないというか。

 

普通の感じでいいらしい。