胡蝶のオラクル

日本昔ばなしタロット、ヘリオセントリック占星術、チャネリング。普段は家で寝てます。

五芒星の彩雲が現れる夢を見ました。

とても眠くて。

日中ずっと寝ていました。

はっきりと、奇妙な霊夢を見ました。

夢の中で気分が悪く

学校を早退して帰ることにし

向かっていく方向の空に

五芒星の彩雲が現れて

スマホで撮影しながら歩いていると(←夢と思ってないから)

五芒星はダリの絵画のような瞳に変わり

カービィの中ボスのクラッコのように

地上をしばらく見渡してから消えました。

 

家に戻ると

なんやかんやいろんなシーンがありましたが

ほとんど忘れて、

食卓にナスの揚げ浸しがあって、それを見て「ナスの揚げ浸し美味しいから今度作ろう」って思ったのだけ覚えてます。今度作ろうと思います。丸ナスだったので「あ、丸ナス使ったんだ」って思いました。

 

その後…

ドリームキャストのCM覚えてますか?

あれみたいに

押し車で小学生の男の子の兄弟が

ワードプレス要りませんかー」と

売り歩いていて

その場面で私は身体が動かなくて寝室で寝ていたのですが

そのワードプレス売りの少年たちを呼んで

ワードプレスを買おうかどうか考えて、

少年たちは

「あんなに大きな事故を2回もしたのにワードプレスを買おうとするなんて、この女の人は何者なんだ」と話している…

そこで目が覚めました。

そんな夢を見ました。

 

ワードプレスというのがなんなのかわからなかったのですが

五芒星も出てきたことだし

メッセージ性のある霊夢らしいので

さっそく調べたところ

ホームページを作る代表的なソフトだと知り、

夢の中では80,000円でしたが

現実の世界では無料からあると知りました。

自分のことが好きになれる感覚が起きた

なんだか、

辛かったことの大きな山を一つ乗り越えた感じがします。

 

 

一つずつの思い出に

「親もこういう都合があったんだろうな」とか

「事故なんだから仕方ないよな」とか

「発想を変えよう、こう考えることにしよう」

「このワーク試してみよう」って

思っていたことが

 

それが一歩ずつなんだけど

尾根に登れて

今まで歩いたのも含めて

ブワーッと見下ろせるところに出たというか

 

だから

歩いていることは

今も、今までも変わらないし

歩幅とか歩くスピードがアップしたわけでもないのに

達成感ボーナスみたいなのが

出ている。

 

ここ数日は

よく眠れている気がして

寝る前に考えることも

特徴的な夢の内容も

穏やかになってきた。

 

よく眠れているけれど

特に睡眠時間が短くなったりはしていなくて

熟睡できた感じとか

目が覚めたときのスッキリ感があるだけで

相変わらず一日中寝ている。

 

以前、ホロスコープを見てもらったけど

http://majinemusugi.hatenadiary.jp/entry/2017/09/15/%25E3%2583%2592%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25AA%25E3%2583%25B3%25E3%2582%25B0ZEN%25E3%2581%2595%25E3%2582%2593

あれ…ノットファウンドと言われちゃう。ごめんなさい。

 

その時に受け止めきれなかった

自分嫌いが

どさっと落ちたかな。

すっきり。

 

父親と軽トラで墓地と急坂をとおった夢

父親が夢に出てきたのは初めてかなあ。

忘れてるだけかもしれないけど。

母親はいくつかあるんだけど。

 

母の運転する車に乗ってる夢は

以前見たことあったけど

それの父親バージョンだ。

 

前は、宇宙空間くらい真っ暗闇のなか、

光る稲穂が一面に生えた畑の中の

一本道を、母と2人でとおったけど。

 

今朝の夢。

父親と軽トラで高崎駅まで

用事で一緒に行く場面が出てきて

私は助手席に乗っていた、

いつものとおり高架線をくぐったら

墓地に突き当たった。

それがずいぶん広くて

左に曲がって進んでも進んでも

その先一帯は全部墓地だった。

父親が「変なとこ出たな」

私が「寺の敷地になったんじゃない」

墓地のすぐ隣をしばらく進むと

入り込める急坂の小径があった。

知らない道で、坂の先に突き当たりがあるか人がいるか、崖があるかも何もわからないはずなのに

当然のようにアクセルを全部踏んで父は進むので、(もっともアクセルを踏まないと登れない急坂だったが)私は上下に振り回されてTDLのスプラッシュマウンテンに初めて乗る人のようになっていた。

「ああ!わかった。救急車がここ、とおった道だな」と父が独り言を言ったので

(救急車?)と不思議に思ったところで

目覚ましのアラームが鳴って目が覚めた。

 

 

ビーガンの食生活に移行中

ビーガンになると決意した。

昨年の10月から11月くらいに

ビーガンに、いいふうにも悪いふうにも感じられるような感覚で関心を自覚して、

 

ビーガンになりたいわけじゃなかったし

どちらかと言うと肉を食べないとか、卵食べないっていうのは伝統や産業や人間の営みや祝福を拒否しているように感じられて、それってどうなのかと遠巻きに見ていたんだけど、

自分に関係ないなら、なんとも感じないはずなのに、そうでもなく気持ちが向くってことは

自分の中に何かあるのかなあって思った。

 

ビーガンになるためではなく

自分が大切にしたいものがなんなのか明らかにしたいという探究心で

ビーガンの人に会って気持ちを聞いてもらったり、夫や友人にビーガンについて話をしたりした。

受け入れてもらえたら驚かれたり色々な反応があって、

少しづつ気持ちの変化が起きて

「どうやらこのまま行くとビーガンになりそうだぞ」という予感を感じるようになった。

 

そのときに

寂しさというか

ビーガンになったら手離すことになる

肉食とか、卵食とかチーズとかミルクとか

それを使ったメニューや、レストランとか

出先で気まぐれにお洒落なお店入ることとか

皮とか、シルクとか、真珠とか

その他、細かく言えば色々あるものについてくる

思い出がとても大切に感じられて

どうしても手放す気にはならないという確信みたいなのが出てきた。

 

ところが

それを抜けると

思い出の感じ方が変わってきて

それまでは

「食べなくなる」=「食べ物を今までくれた人の否定」みたいな気持ちだったりして

すごく抵抗あったのが、

今では

食べるものは私が選んでも良い

私は与えられたものを受け取るだけでなく、自分が欲しいものを手に入れられるって気持ちに変わってきて

自分が欲しいものを選んで何が悪いのか?という自然な感性が生まれてきた。

 

なによりも

「自分は変わっても良い」

「前のままでいなくても良い」という感覚に慣れた。

魂から生まれ変わっても、私はいなくなったり終わったり消えたりしないという安心感が持てるようになってきた。

今まで牛乳を飲んでいたからって、これからもずっと牛乳を飲まなければならないなんてことはない。それは裏切りでもなんでもない。当然の権利だと考えるようになった。

私が牛乳を飲まなかったくらいのことで、日本の牛乳消費量はそんなに変わらない。問題ない。私は日本の牛乳消費量にそこまで責任を持たなくても良い。

 

私は

肉が美味しいと思って食べていたんだけど

一方で

身体は30代で消化機能も落ちてるし

あまり脂っこいものを食べてもなあ、という条件で生きていた。

それでもビーガンにはなりたくなかった。

将来子どもができたら、なるべく普通の食生活をさせてやりたいなって思っていたからだった。

だけど、そんなのは今は思わなくなった。

食事は家庭によって違うのが当たり前だし、

普通の食事を目指して疲弊するのと、無添加無農薬にこだわって疲弊するのもお肉を食べないことにこだわりって疲弊することも変わらないし、むしろどうせ意識するなら良くしようとしたほうがいいに決まってるし、子どもによその家と似たような食事を与えたいだなんてなんの理由にもならないなというか、無意味だと考えた。地方によってよく食べるものとか郷土料理とか変わるのに、食べ物に普通とか、変だよなって。

 

食事は楽しいもののはずなのに疲弊するなら本末転倒って思ってた。

そう思ってる私には、ビーガンとか、オーガニックにこだわってて神経質になり、子どもを栄養失調にさせてしまった親の情報などが集まるようになっていた。一方で、肉食している自分自身の身体に栄養失調の症状があるということは、それが自分の身体であるだけに、浴びせられる情報以上の説得力があった。

私はすでに体調を崩していて、今までの食生活を続けていては身体の負担が増えることは明確だった。どうせもう失敗しているんだから、失敗を怖がらずに色々試そうと思った。

肉、魚、卵、乳製品をやめたところで、そんなすぐ簡単には死なないし、

怖ければ、体重が5キロ落ちたらやめるみたいに底ラインを決めればいいし、もうどっちにしろ働けてないんだから、今よりも具合が悪くなったら、また栄養のあるものを食べるのに戻ればいいんだ。まずはやってみよう、と。

 

それで、

できることからやろうと思って

食生活で肉のかわりに大豆を使ったり

牛乳の代わりに豆乳を使ったり

チーズのかわりにモチアワをトロトロに炊いたやつを使ったりしていたら

以外と家で食べるものに困らなかった。

それに、料理するのが少し楽しくなった。

最初からこうしてればよかったくらい自炊は楽になった。だって鶏肉と卵みたいに、食中毒に気を使わないといけないものに触れる機会が少ないから。

それと、味付けを濃くして菜種油を多めに使って料理するようにしたら、肉食いたい欲求みたいなのも、スルーできる程度に落ち着いてきた。それでも、夫はビーガンじゃないからお肉料理作るんだけど、目の前にあるとまだ私もお肉料理食べちゃう。

 

そして、夫が理解してくれて

バカにしたり、反対したり、心配したりしないからすごく助かっているけれど、

親世代は反対するかなと思っていたら

そちらも以外とすんなり受け入れてくれたので

とてもびっくりした。

 

今までは

ビーガンの人にとても失礼極まりない偏見を持っていた。

肉の美味しさがわからないのかな、

卵が一定の価格を保って流通していることのありがたさを知らないのかな、

本真珠と人工真珠の違いわかんないのかなとか。

動物が屠殺されていること今さら知ったのかな。今までなんだと思ってたのかな。

こうやって書くのも、

恥ずかしいことだけれど、

実際に自分でビーガンの食生活を試す前は、自分が体験してないことやっている人の気持ちを、自分に理解できる狭い範囲の常識の枠の中で憶測していたから。

このような、偏見がもろに露呈するようなことを

幸い言葉にして口には出さなかったけれど、

頭の中では感じていた。

今、書いたのは、これらが間違いだとわかって

今までごめんなさいということです。

 

 

ビーガンになることへの興味は

私にとって

願望…というよりは

むしろ、

すでにそれをしている人たちへの嫌悪感や不信感として現れた。

これは、私自身の偏見だったり

親から譲り受けた偏見だったり、文化背景からくる偏見だったりしたんだけど

そういうものをとっぱらってみると

むしろ

ビーガンの生活は、望んでも無理と思って諦めていた願望だったんだなと理解できるようになった。

だから

清々しさがある。

 

ビーガンになるような人がどのような人なのかもよくわかっていなかったが

会ってみると、皆さん普通で

動物愛護精神が行き過ぎているとか

心配性で神経質とかのような

私が偏見で思いこんでいたことはそんなになかった。

むしろ、ビーガンになりたいのを押さえつけているときに、人は自分の気持ちと行動の整合性の取れなさに苛立って神経質になったり愛情が空回りするのかなと思った。

だから、「昔、神経質だった」「動物の屠殺の映像を見てとてもショック受けた」というビーガンの人はいたけれど、現在進行形でめんどくさそうな人は私が会った人の中にはいなかった。

実を言うと、他の人の知り合いらしい人の中に変な人がいるのはSNS上で見かけた。ビーガンのお母さんがお子さんに好物だからと食べさせていると話した商品に対して、ビーガンならそれは買うなといちゃもんつけていた。その人はビーガンの人からもお付き合い断られていたから、動物性食品を食べていても、食べていなくても、面倒くさい人は面倒くさいし、まともな人はまともだということで、人格と食生活はあまり関係がないと私は考えるようになった。

 

だけど、お肉とか卵食べるとき

少しは可哀想だなと思いながら食べていたし

そういうのが1日3回分なくなるのは

結構清々しいよ。

川や海で魚とか蟹を獲ってきたときとか

そんなに長くは飼えないから食べるけど

本当はできるなら飼いたいなって思ってたし。子どもの頃とか特に。

ヒヨコも飼ってたしね。

 

お花とか、植物まで食べなくなったら

何を食べようかと悩んでしまうけど

もしかしたら

遠い将来は

植物ももっと大切にできるかもしれない。

完璧じゃないにしても

仕方ないところはごめんねありがとうと思いながら、動物だけでも食べないで生きていけたら、なんとなく生き物として自信がつく気がする。

子どもの頃の私が今の私に会いに来たときに、「あなたが好き嫌いしないで出されたご飯を食べてくれたおかげで、私はお肉や卵を食べなくても元気でいられる大人になれたよ」と言えたら喜んでもらえる気もするしね。

もしかしたら、お医者さんになれたとか、結婚してお母さんになったとかよりも、そっちの方が喜ぶかもね。

 

前の記事で、食事について書いたところに

コメントをいただいて、

優しいから命を奪うのがためらわれて傷ついているのかもしれませんよと教えてもらった。

その頃は全然その自覚がなく

そんなはずないと思いこんでいたから、

コメントのお返事も別のことを書いてしまいました。

だけど、今になって見れば

いただいたコメントのとおりだったんだなと思います。

 

今すぐに真珠やシルクを手放すのはしないけど

新しく買うものは動物性素材を控えて

3月から外出や行事食も含めた毎日の食べ物でビーガンスタイルを実践しようと思います。

FBとブログの使い分け方に迷っている。

FBに長文を書くようになりました。

スピリチュアルなことに興味があるのを

現実の知り合いに知られたくなくて

避けていたのに

最近そういうのが外れてきて

別になんとも思わなくなったので

 

スピリチュアルとも、近況報告とも

Twitterとも思えないようなことを

FBに書いている。

 

他の人は

何か広告をしたりして

目的のはっきりした使い方してるんだけど

私はこのブログもそうだけど

特にそういうことをしていない。

 

FBだと、コメントが来たりするから

それが面白いのは、ある。

多分、

今までブログは

誰にも知られたくない部分も含めて

表現する場だったんだろうけど、

今は

他の人に知られてもいい、

むしろ、

知られる場所でこれを書くことに

意味があるって思いながら

書くことが多くて

その差で

ブログ離れが起きている。私の中で。

正確には

ブログから離れているつもりはなくて、

FBをしている、という感じ。

このブログをリアルの人に公開すればいいだけなんだけど。

 

他の人がやってるみたいに

FBに「ブログ更新しました」っていうのを

貼り付ければいいのかなとかおもう。

なんかよくわからないけど、今年の正月はうまくいった

元旦の暗い時間(大晦日の真夜中)

いろいろと悶着が起きて

そのあとついFBに愚痴りました。

だけど

腹が立つのを表に出したら、

翻って、良い顛末になりそう。

 

家族に腹を立てていたけれど

すんなり誤解が解けて

泣き寝入りしなかったから自信もついたし

過去のわだかまりが消化されて

次に進めそうな感じ。

 

祖父の相続や

親の介護の話し合いが

うまくいってる気がしなかった妹とも

普通に話せるようになって

今はスッキリ。

安心感の土台みたいなのができて

2020年の始まり素晴らしい。

 

 

FBで

無理やり前向きに愚痴った文章↓

今見ると面白い。

事態が飲み込めないあいだ

うまくいくように祈りまくった笑

 

さっきまで門松に火を焚きつけて蹴り倒したいくらいの気分だったけど、なんとか持ち堪えた。
正月ってなんでこんなに消耗するんだろ。
もうくたっくた。今年だけの我慢と自分に言い聞かせながら毎年泣いてる。それを1年引きずってすぐまた次の正月になる。
自分の中にある罪悪感と卑屈さを解放しない限り、責められるのも嫌がらせされるのも引き寄せて一生続くんだから、
自分は絶対悪くない、私はそんなふうに言われるのに見合うような人間じゃない、私には価値があるって信じ抜いて毅然としているしかない。
いちばん大切な人たちだったはずなのに、どうしていちばん会うのがつらい人たちになってしまったんだろう。今まで苦しかったけど、わたしの心の投影はわたしにしか変えられない。
周りの人たちがわたしの心の投影ならば、どんなにグチャっとして陰湿に見えても、必ず愛と光があるはず。どうせわかってもらえないからと諦めたくなるのを堪えて、うわべの感情に流されず、勇気をだして心を開くしかない。逃げても受け止めても、進んでも失敗しても、毎年正月は繰り返し来るし。

シータヒーリングの掘り下げ後の悲しい気分で書いた

シータ波やアルファ波のときに考えたことは願望実現しやすいんだったら、逆に考えたらベータ波とかガンマ波を出しながら悪態つけばそれは実現しにくくなって理に適ってるんじゃないか?って思った。

昨日の夜の夕飯は旦那が作ってくれたんだけど、食べようとした直前に目の前でケチャップを料理が見えなくなるまでかけられて「塩分が大事だからね」って言われて、
自分が作ってないから文句言う資格ないかと思って黙って食べたけど、風呂入りながら、そんなやり方で嫌がらせするくらいなら言いたいこと言えばいいじゃんって思えてきてムカついた。
塩分どうのこうのの食事療法も、食事の支度も、私なりに頑張ってとりくんで、教えてもらったことを小出しにして伝えながら、旦那に負担かけないように気遣ってちょっとずつ食卓変えてるのになんで揚げ足をとるような方法で気後れさせるのか意味わからんあのタコめって思った。

今までだって
おいしく味噌汁が仕上がりそうな直前に、ろくに切り揃ってない生ジャガイモを、嫌だって言ってるのに鍋に放り込まれて煮詰め味噌汁にさせられたり
帰宅時間から逆算して1番おいしいタイミングで出せるようにガス火であっためたのに平気で風呂に入るって言い張るし風呂ルールのこだわりが強くて意味不明で面倒くさいし
お母さんに教わった得意のアップルパイは、リンゴは生で食べるとかいう謎のこだわりで手もつけてもらえなかったし
噛む音うるさいし、食べかすボロボロ落とすし、テレビつけるし、ずっと我慢してきたけどあんなんと一緒に夕飯食べるのもうやだ。ばーか!ばーか!

それで昨日の夜、頭痛いの我慢しながら寝たり目が覚めたりして、その間に泣いたりして
「これだと寝る直前にシータ波を出しながら考えたことが思考実現してしまって、旦那が味覚オンチの煩いアホ偏屈で料理ド下手くそで風呂ルールが意味不明なことに泣き暮らす哀しい方向がさらに90%も加速してしまうな。そんなのやだ。どうしよう」って思った。

だけど、目の前で食べようとしてたものをケチャップ漬けにされて塩分のことを嫌味に言われて悔しいし、悲しいし、泣きたいし、
思ったことを考えないようにするのは今までもずっとやってきたことでその結果が今なんだから、同じことはもう続けたらダメだとも思った。

じゃあ、どうすればいいのだろう😢
「そうか。愚痴と悪口は言うけど、シータ波が出ないようにすれば実現可能性が減るはずだ💡」って思いついた。

そこでなるべくガンマ波が出るように、ベッドマットを蹴飛ばしたり、床を踏みつけたり、枕を握りつぶしたりしてみて集中したところ
これだけやれば10%くらいしか実現しなさそうで安心な気がしてきた。

頭の中で悪態をついていたら
・そもそも、私は料理をしていないわけではない。用意してても旦那が品数を勝手に足して、私の作ったものを食べないだけだ。
・漬物は私がメインで作っている。これも、あいつが食べないだけだ。
・私は悪くない。もともとはちゃんと料理していたのに、結婚するときに私だけが荷物を減らして、調理道具とかを全部向こうに合わせて暮らし始めた。最初から公平にスタートしてない。

いっぱい不満が出てきた。
向こうには向こうの言い分があると思うから
これが正しいかどうかは別だし
同じ状況でうまくやれる人もたくさんいるのはわかるけど、それはその人のことで私は別人だから
生まれて初めて、仕事以外の場面で
「私、悪くないもん。タコかす」って思った。

子どもの頃妹になんでも譲るように言われてたから遠慮しながら食べてて中学生の頃とかお腹空いたし、お正月料理とか男の人と女の人で同じ食卓でも手を出していいものとタイミングは暗黙の了解で別だったし、兄弟で私だけが台所手伝えって言われるのに手伝えば必ずけなされた。
ああいう家庭にしたくなかったから、無理やり漬物勧めたりとか人に食べもの強要するのやめようと思ったのに、実際に好きなもの好きなときに食べる個人主義方式にしたら、自分ばっかり虚しい。
私がもらってきた野菜を、食べ物なのに「処理する」って言い方で調理されたり、
炊き立てのご飯食べたいって言ってるのに1度に食べきれない量のご飯炊かれて、それなのにやっぱり今日は蕎麦がよくなったから食べないって言われたり
私ばっかりが昼間に前日の残りものを食べてる。
だけど、私は1つも悪いことしてないもん。

旦那さんが食べてくれないのは私が作るのが下手だからだって言う人がいたけれど、あんなのとはもう2度と口を聞かない!
私のことを、旦那さんを大切にしない奥さん呼ばわりする人とももう付き合わないし会わない!
そのほか、正月によくあるセクハラをしてくる人とも絶対に今後は付き合わない。何か言われても私は受け入れない!
旦那の食生活に私は責任を持たない。それを私の役割だと言ってくるような人はなんか勘違いしているから、そんな人の言うことはもう知らない。
そのかわり、自分の食べ物は自分でちゃんと選ぶ。おいしくないものは食べない。あとで気分が悪くなったり頭が痛くなったりどこか痒くなったり咳が出るものは、誰のためでも食べない。
食べるのは、私のためのもの。
自分にとっておいしいものしか用意しない。
旦那の好きなものに付き合うのはもうやめる。

私はもっといいものを食べていい。旦那が作りたいから作って食べなかった残り物とかじゃなくて、私のために用意されたものをちゃんと食べる。
旦那も悪くないけど、私だって同じくらい悪くない。
誰も悪くない。
来年は簡単にケチャップで埋められるような愛情こもってない料理絶対食べない。

食べたくないものを残しても私は飢えたりしない。
「文句があるなら食べるな」とか言われると子どもの頃すごく怖かった。だけど実際は一食くらい抜いたってなんてことない。もともと少食だし。
もう好きなものしか食べないし、脅したりしてくる人とは付き合わない。
嫌なこと言ってくる人と付き合わなくたって、いい人がいっぱいいるんだから我々夫婦はそういう人に見守ってもらえるんだから安心。
ムカつく。もうやだ。頭痛い。こんなんはもう最後にする。
来年はもっといい年になる。
今夜のお年とりも、選んで食べる。
食べたいものは、自分で用意する。