胡蝶のオラクル

スピリチュアルなめかけ、霊感高まりかけ、占い好きの素人が、現在進行形で直感とヒラメキの使用例を報告します。

日本昔話タロットが届きましたよ。

日本昔話タロットが届きましたよ。

 

とても

良い。

 

 

 

タロットやってると言っても

初心者向けの本を

一冊持っているだけの私には

 

 

せいぜい

占いは

「毎日、なんかを続ける」

程度のものでしかなかったです。

 

リーディングも

自分勝手な解釈でしてますしね。

 

 

 

 

 

カードに書いてある

絵の意味なんて

わかってないです。

本当のところ。

 

 

 

それでも

「同じカードがよく出ることがある」

 

とか、

 

「このカードが出た時に

こんな気持ちになる」

 

とか

 

「出るカードが、

未来、現在、過去の方向に

移動していく」

 

とか

 

「カードが移動する速さで

運勢が変わっているらしい。」

 

 

くらいは

無知ながらにわかって

面白いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら

カードの意味が

わからないと、

面白さが半減する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の場合、

 

聖書を読む習慣もなければ

 

ギリシア神話プラネタリウム

教わるくらいしか知らない。

 

鋼の錬金術師も読んでないし。

 

 

 

 

要するに、

まともな

リーディングは無理なんですよ。

 

 

 

 

 

 

神様のいる場所のイメージ、

神社と寺だし。

高校もガチガチ仏教だし。

お気に入りの漫画も

「あっかんべえ一休」だし。

結婚式も寺だし。

 

 

 

西洋の文化の理解が

タロットに必要なほどはないんですね。

 

タロット自体は

面白いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで

日本昔話タロットの出番。

 

 

 

今まで

説明書き見ても

パッとこなかった

「女教皇」と「教皇

 

いっぱい出るけど

意味がわからなかったです。

 

親しみがないですからね。

そのような人たちに。

 

 

 

 

日本昔話タロットだと

これは

「乙姫様」と「お地蔵さん」の絵です。

 

 

 

 

 

「乙姫様」と「お地蔵さん」!

 

これは、

なんとなく言いたいことがわかる!

 

 

 

乙姫様は、

綺麗で理想的なんだけど

竜宮城を仕切ってるっぽくて

逆らうのは畏れ多そうな

ミステリアスな

御局様的女性ですよね。

得体の知れない力を秘めてそうです。

怒らせたくないけど、
味方につけると頼りになりそうですね。

マイルールをめっちゃ持ってそう。

 

そいで

浦島太郎ごときにあっさりフラれていて

女帝より家庭運、恋愛運がなさそうです。

 

おお。

親しみがないどころか…。

 

 

 

 

 

 

 

お地蔵さんは、

ぜんぜん怖くなくて

悩み事を聞いてくれたり

痛いのを楽にしてくれたり

子どものころから

優しく見守ってくれる存在ですよね。

いかにも教育的です。

キーホルダーとか置物とか

手ぬぐいとか

いたるところにいて

日常的に

いい子も悪い子も守ってくれそうです。

 

教皇とか、法王って

そういう存在なんですね。

 

 

 

 

 

自分は

西洋文化の知識を

現代文の試験の問題文とか

歴史の授業で仕入れていたのが

始まりだったので

 

比較文化論の文章ばっかり読んでいました。

 

 

西洋文化を批判する文章を

多く読んできたと思うし

 

歴史も、

教会が堕落して免罪符がどうとか

(寺も変わんないけど)

 

キリスト教なら

日本国内で弾圧されていたイメージとか

(それも仏教も変わんないけど)

 

そんなのが先行して

タロットも理解ができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういった

西洋文化の知識よりも

もっと深いところにある、

 

 

パパに聖書を読み聞かせてもらった

子ども時代とか

 

日曜日に家族で

教会に行って

神父さんや牧師さんと

お話しした思い出を

 

もってないからですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど

自分に何にもないわけではなくて。

 

 

聖書を読み聞かせてもらってないけど

日本昔話を読んでもらったし、

自分でも読んだ。

 

教会には行かないけど、

お寺や神社のお祭りには

連れてってもらった。

 

 

 

 

 

だから

日本昔話タロットであれば

「ああ、こういうこと言いたいのか!」

ってわかる。

 

 

 

そいでその後に

もとの西洋のタロットカードの

イメージを見ると

 

随分、

歪んだイメージを自分は持ってたんだなと

気がつく。

 

 

 

 

こういうのを

修正していくと

タロットはもう少し

面白くなると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

昔の職場へ、人に会いにいく。

 

 

睡眠障害のお子さんをもつ親御さん

ネットで気になる言葉を

見つけてしまった。

 

頭から離れない。

 

 

 

 

過眠症の息子さんをもつ親御さんの

我が子を心配する声なんだけど、

 

今のままの考えを続けていて

息子さんを支えられるようには

思えない。

 

 

過眠症への理解が甘くて、

まだ

息子の病気を受け入れられていない。

息子さんの方が

現実的。

 

親の方が病気が受け入れられないから

子どもの足を引っ張っちゃう。

 

所詮、親の言葉って思って

スルーできればいいんだけど。

 

 誰もが通る道。

 

 

 

 

 

 

 

でも気になっちゃう。

 

 

 

 

 

まだまだ

修行が足りないのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

そうじゃなくて、

こう考えてよ!って

 

思いのたけが

頭をぐるぐる駆け巡っちゃう。

 

 

 

 

 

 

その人のことが嫌いなわけではないのに

コメントで反論

送りつけたくなっちゃう。

衝動的に。

 

 

 

でも

 

本当は、

自分の考えを理解してもらいたい。

 

自信がなくて、

肯定してほしい。

 

 

 

 

 

自分が親に

理解してもらえなかったことを

 

全然知らない別の人の親御さんに

理解してもらって

安心したい。

 

そういう気持ちが

私には、ある。

 

 

 

 

 

自分の親の代わりに

代理で

気持ちを受け取ってもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

こんなふうに言ったときに、

こんなふうに寄り添ってくれる親も

いるんだって

思いたい。

 

甘えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お子さんに過眠症のある

親御さん、

 

過去に

出会ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

正直、

うらやましくなるような人は

あんましいなかった。

 

(親も当事者のパターンは別)

 

 

 

 

 

 

それでも、

甘えたい。

 

 

 

 

 

だって、

病気のことを

よくわかってなくたって

完璧な印象じゃなくたって

なんだって、

 

睡眠障害の、その子どもを

育ててるんだよ?

 

不安な中で。

 

 

 

すごいじゃん。

それなりに。

 

それに、

子どもを大切に思ってるから

睡眠障害関連の場所にいる。

 

(…はずだと思いたい。)

 

 

 

 

 

 

その人たちが

睡眠障害だって、

なんだっていい。

本人は辛いかもしれないけど、

親としては

我が子がいてくれてるだけで

ありがたい。

眠いのを代わってやれないけど、

いくら眠そうにしてたって

眠ってたって

我が子は可愛い。」 

 

 って、

言ってくれたらいいのに。

 

 

 

 

そしたら、

闘病してる人にとっての

イムリーな現実が

変わっていくのに。

 

その先に

その人のお子さんの

生きやすい社会、

通いやすい学校、

好きな仕事の職場、

受け入れてくれる家庭が

あるのに。

 

 

 

 

 

 

勝手なこと

叫んでいいですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親なんだったら

 

もっと

私たちのこと

応援してよ。

 

 

自分の子どものことだけじゃなくて

成人した睡眠障害の大人ごと

丸ごと

励まして

理解者になってよ。

 

 

 

 

 

自分の子どもを

将来誰かに

こんなふうに受け入れてもらいたいと

願うとおりの受け入れ方で

 

まずは

睡眠障害の大人を

あなたが率先して受け入れれば

いいんじゃないんですか?

 

 

 

 

 

 

 

私たち

睡眠障害の大人たちのことを

どう思っているんですか?

 

 

 

私たちが

社会で生き抜いている現実を

 

好意的に受け止めて

くれているんですか???

 

 

 

 

「大変そう。

うちの子に、こんな思いさせたくないわ。」

が本音ですか?

 

「大人になるまでに

治ったらいいのに」

が本音ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、

うちの子だけは

ここにいる人たちとは

違うはずと

未だに思ってますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

睡眠障害

私たちに、

関心をもてる要素は

何か、見つからないんですか?

 

 

 

子どもが

私たちのような

始終、眠気に困って苦しむ人種になるのは

そんなに嫌ですか?

 

 

 

 

 

感じている眠気の強さ。

起きている時間の長さ。

意識の明瞭さ。

 

 

それらが

自分に似ていなければ

自分の子どもと感じられませんか?

 

 

他にも

人がもつべき大切な要素は

たくさんあると思いませんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

睡眠障害の大人に

どんな印象をもっていようと、

 

 

その視線は

将来のお子さんに

そのままの形でかぶさるものです。

 

 

 

良い印象も。

悪い印象も。

 

暖かい印象も。

冷たい印象も。

 

関心を持ってくれてることも。

無関心なことも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちを

応援してよ!

 

 

 

 

 

転ばぬ先の杖で

要領よく、

将来の心の準備をして

同じ苦しみを避けようとするためだけに

 

私たちの辛い過去を

聞かないでください。

 

どんな想いで

死なずに生きてきたと思ってるんですか。 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いたんだったら、

励ましてよ。

 

知ることには

責任が伴うでしょう。

 

患者は現在進行形で頑張っているんですよ。

 

あなた、人の親なんでしょ?

 

私の親じゃないかもしれないけど、

誰かの親なんでしょ?

 

誰かの存在を

丸ごと愛している人なんでしょう?

 

 

 

 

 

 

励ましの言葉が

見当違いなら、

いくらでも

指摘して

その言葉がなぜいけないのか

説明しますよ。

時間はかかるかもしれないけど。

 

私たちを応援してくれている人ならば。

 

 

 

 

 

 

その先に、

誰よりも大切なお子さんに

伴走できる日が

待っているはずです。

 

 

 

 

病気の情報収集をして

理解したつもりにならないでください。

 

病気の知識なら、

愛情がなくても

頭脳があれば調べられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親の立場に

こだわって

 

私に辛いことを

思い出させるのではなくて、

 

 

 

 

親の立場から

 

受容してくださいよ。

 

過眠症とともに生きる人たちを。

 

 

 

 

そしたら

 

知ってること全部を

 

その人のお子さんのために

 

全部、全部、全部、吐き出すのに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

暑くて眠れないようです。

私も起きてます。

 

SEIYUのレジのところの寄付カードを使ってみた。

何度目かですが

 

SEIYUのレジのところにある

「レジ袋いりません。」カードと

一緒にある

寄付カードを使いました。

 

フードバンクっていう、

賞味期限のせまった商品を

子どもたちに行き渡らせる事業です。

 

 

 

 

私はアンパンマンが好きで、

この事業が

アンパンマンに似ているということ

 

 

そして

 

 

お腹を空かせていて

実際に食品が必要な子どもたちに

現に出会ってきたことから

 

 

この事業を寄付の先に選びました。

 

 

 

 

子どもたちへと寄付というと

海外向けのイメージが大きいですが

 

教育現場にいると

日本の子どもたちの置かれている状況も

緊迫しているので

 

私は

なるべく、

日本に住んでいる

子どもたちに向けた事業を

優先してサポートしたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

スピリチュアル本とか

自己啓発本を読むと、

 

有意義なイベントに

お金をケチるな、

とか

 

信用してお金を手離せとか、

神社に1万円札入れるとか、

 

書いてあります。

まあ、

言いたいことはわかりますが。

 

(スピリチュアル関連の

イベントやセミナーの料金は

スピリチュアルのお金ではなくて

正真正銘、自分が使うお金だと思う…)

 

 

 

 

 

私は

お金を手離せる心になったなら

せっかくなら

事業のために使われる方が

いいと思ったので

大好きなSEIYUのお買い物ついでに

寄付をする習慣をつけようと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他の方の

タロットのブログで

面白いの見つけて最近読んでて。

 

収入の1割を寄付すると良いと

書いてありました。

 

 

家計をギリギリに切り詰めないで

少しお金を手離して、

残りでやりくりするって習慣は

素敵だなぁと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃から鈍臭いし

学校で

「己の頭の蜂をおえ」と

教えられたことをよく覚えています。

 

だから、 誰かのために

時間とかお金を渡すということに

罪悪感があります。

「そんなことできる身分か」と

意地悪を言われている気分になります。

 

でも、

私の主人はちゃんと働いてくれてるから

私は養ってもらえているし

私にも収入がある。

家計も、

よく調べて

把握できるようになってきたし。

 

子どもができたらとか

病気になったらとか

言いだすと

(もう病気だけど)

貯金目標が際限なく上がって

自分が満たされなくなるだけ。

 

 

決して金額は高くない。

負い目なく、

寄付すればいいと考えました。

 

 

「寄付する価値のない自分」のイメージは

払拭していい、

いらない自己イメージです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家庭では、

寺に多く納めていたのですが

なんとなく

昔からそういうもんだから〜

みたいな感じでした。

 

 

 

 

収入の1割を寄付をしているという

そのブログの人は、

 

その方の信仰している宗教の施設ではなく

人がやっている事業に寄付をしているようです。

それでも神様に寄付をしていることに

含めて考えているようです。

 

 

 

私は

結婚してから

実家が寄付していた

お寺には寄付をしないので

 

今後は

旦那の実家の祀っている神様のお手入れと

(まだそれは義母がしてくれていますが)

自分で見つけた

いいと思う事業に寄付をしようと思いました。

 

 

 

 

 

 

収入の1割を寄付するのは

主人と相談しないとと思いますが、

 

とりあえず

買い物の度に

100円寄付して

 

気持ちが豊かになるにつれて

収入の1割を

気持ちよく寄付できる自分になれたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

将来が不安で、

「投資しないと!」

「貯金しないと!」

みたいに思ってたときよりも

ずっと気持ちが豊かになります。

 

 寄付は

寄付の相手ではなくて

自分のためにするもの、

自己満足というけど

本当だなと思います。

 

 

家計を把握してよかったです。

してないと、できなかったです。

 

 

 

 

 

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レシート。

「100円お願いします。」と言えば

レジで請求してもらえます。

課税対象外です。 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

 オレガノで鶏肉を焼きました。

鶏肉はSEIYUです。

 

 

 

 

 

 

 

 

カバーの見た目のわりに文字多いけど良い。

 

 

人生をつくり変える「宇宙の原理」 全く新しいパートナーシップの捉え方

人生をつくり変える「宇宙の原理」 全く新しいパートナーシップの捉え方

 

 

けっこう新しい本を読んだ。

著者のお友だちの

ブログとステップメールからの紹介で

HPからたどって

本を知って

注文しました。

 

 

なかなか読み応えがあって

よかったです。

 

 

 

 

スピ本に限らず

本は

立ち読み  →  一部を購入

 

で済ませる人ですが

(それか、借りる)

 

買ってよかったかな。

これ、スピ本でもないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

大体において、

そもそも著者が

あんまし気合い入れて書いてないような本は

まず買わないのですが。

(文章読めば、大体わかる。

自分で書いてないのとか。)

 

 

 

これは

気合いを感じました。

 

 

 

 

 

 

 

やはり、

スピ本じゃないですよ。

ふんわりしてないです。

もっと理論だった印象を受けます。

 

 

 

 

 

形而上学とか…。

 

もっとも、私が

形而上学やってないんで

形而上学がどういうもんか

そんなにわかってるわけじゃないですが。

 

 

 

自分の人生に関わった中での

近いのは、

精神分析とかが、

ちょっとだけ連想されたかも。

 

 

 

 

 

ふむふむって思って読みました。

 

色々、調べたくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

カレーを作りました。

おいしくできました。

ピーマンの丸焼きもしました。

おいしくできました。

 

 

 

 

 

 

 

 

占い当たっても面白くない。

あんましタロットのことを

書いてないけど

飽きたわけではないんですよ。

 

 

面白いです。

 

 

 

ただ、

ブログのネタになるようなことが

ありません。

 

 

 

 

タロットをやり始める前は

なんとなく

何かすごいことを

当ててくれるもんだと

思ってたんですが、

 

 

 

やってみると

タロット占いは

普通だった。

 

 

普通ってゆうか…

 

 

 

 

 

 

 

例えば

なんかしら迷ってることを

AかBか占うとするじゃないですか。

 

 

 

 

すると、

思ってたのと違う結果が出て

しかも当たると

「すげー!!」って思うけど

 

当たってみてから思い返すと

至極まともなことを言われただけと言うか。

 

 

 

 

 

別に

タロットじゃなくても

まともな人ならそう言うよね、的な。

 

 

 

 

 

ただ、

迷ってる時は

自分が冷静じゃなかったりするから

 

思いもよらぬことを

タロットから言われてるように

感じるんですよ。

 

 

 

 

 

 

でも、

他人からしたら

「それ、占わなくてもわかるし」

ってなる。

 

 

 

 

 

 

 

そういうわけで、

占いは

私にとっては楽しいけど

 

他の人が聞いても面白いことなさそう。

 

 

 

 

 

 

なので

今後も

単なる日常生活の

うだうだした報告をはさみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

涼しい部屋を見つけて

布団を運んでいました。

 

送り盆。

送り盆でお墓参りに行きました。

 

おばあちゃんと一緒に行こうと思ってたら

遅れ馳せて、

ばあちゃんち着いたとき

もう終わってました。

 

 

 

なので、

仏様にしんぜた(=供えた)

ぶどうとかいろいろをもらって

おばあちゃんとお話しして

帰って来ました。

 

 

 

 

いつもおばあちゃんは

おじいちゃんの老老介護

疲れているけれど

 

なぜだか今日は

おじいちゃんが1人でデイサービスに

行っており、

(いつも1人だと嫌がるので

介護いらないおばあちゃんも

一緒に行く)

 

 

 

 

おばあちゃんは

何十年ぶりか分からないけど

1人の時間を楽しんでいて

なんだかご機嫌でした。

 

 

 

おじいちゃんも

デイサービスに慣れて、

 

おばあちゃんも一息つけるし。

 

なんか、

良さそうでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、

お墓に寄りました。

 

結婚してから

母方の実家の先祖の墓参りは

あまりしていなかったので

 

新しい墓石が建ってて景色が変わり

うちのがどれだか

わかんなくなって

一瞬、戸惑いました。

 

 

 

 

 

他の人も1人、

お墓参りをしていたので

挨拶すると

 

向こうも私を知らないので

??誰??って顔をしていました。

 

 

私が入り口を間違えたのを見て

「こっちから入って。」と

教えてくれました。

 

ついでに

おじいちゃんの名前を言って

そこの孫ですと伝えて

ウチの墓も

教えてもらいました。

 

知らない人だけど

この人はウチのお墓に

お線香をあげてくれていて

 

まだ煙が、たっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰だろう。

でも、こういうふうに

私が知らない人が

親戚だったり、

縁があったりで

たくさんいるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

峠の釜飯を食べました。

丸ごとお魚はフォークじゃなくて箸派

 

フナのつくだ煮を

食べてる。

 

ひと口、1匹。

(1尾って言うのは違和感が…)

 

 

 

 

 

お魚を食べるようにしていたら
食事は命をいただいてるんだなってことが
より実感されるなぁ。

 

 

 

今さら

そんなこと…

 

いろんなところで

言われたり読んだりして

自分だって生徒に話したりも

してたんだけど。

 

 

 

人に偉そうなこと言ったり

スルーできるほど

「実感」してたわけじゃないんだよな。

 

恥ずかしいこと

言いたくないけど。

 

正直なところ

食事に感謝なんて

大人になってから

したことなかったかもしれないな。

 

口先だけで。

行動は伴わなかった。

 

 

 

 

 

一人暮らしして

初めて自炊した時は

「自分で好きなだけ食べられる!」

って思ったし。

 

学生だから

いろんなお店に行って

「ここが美味しい。あれが美味しい!」

って思って、

 

 

就職してからは

「自分の食い扶持を

自分で稼いだ!」って思って

 

 

奢ってもらえば

ご馳走様って言うし。

いろんな種類の食べ物の食べ方だって

本を読んで覚えたけど。

 

 

 

自信をつけたようでいて、

今思えば

何かしら間違っていたんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

結局

お父さん、お母さんに

用意してもらった食卓で

 

食べさせてもらっていたときのほうが

 

「自分で食べてる」って

思い始めてからよりも

自立していたのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

お父さんもお母さんも

困るところはあるけど

 

 よく、毎日欠かさず

子どもに食事をくれたなと思う。

 

 

 

 

 

 

性格歪みすぎで、

感謝しても

全部歪んで受け取るので

感謝の言葉は伝わらないけど。

 

勝手に感謝している。

 

 

 

 

 

フナにも、

感謝している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フナを

適当にフォークで食べようとしたら

「獲ったどーー!!」

 

というか、

全然感謝してない感じになったので

 

つくだ煮は日本食だし

ちゃんと箸に替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の主人

ローストビーフを作ってくれた。

前よりも上手くできました。

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